こんにちは。LAC語学教室の中国語講師邱です。
中国語をある程度勉強してくると、こんな経験はありませんか?
単語も文法も合っているはずなのに、中国人に話すと、なぜか会話が続かない。
それは、教科書の中国語と、実際に使われている中国語が違うからかもしれません。
短い言葉ほど、よく使われる教科書では、できるだけ文をきれいに、完整に話すよう教えられます。
でも実際の会話では、驚くほど短い表現がよく使われます。
知道了。
行。
可以。
不行。
最初は「これだけで大丈夫?」と不安になりますが、中国語ではむしろこちらのほうが自然です。
「吧」「啊」「呢」が会話の空気を作る中国語を聞いていると、文の最後に何かが付いていることに気づきます。
可以吧
这样啊
你呢?
これらの「吧」「啊」「呢」 は、教科書ではあまり詳しく説明されません。
でも実は、これらがあるかないかで、話し方の印象が大きく変わります。
少し柔らかくしたり、相手との距離を縮めたりする、とても大切な要素です。
「随便」「算了」はネガティブではない日本人が誤解しやすい言葉のひとつが「随便」や「算了」です。
日本語に直訳すると、少し投げやりに聞こえますが、中国語では日常的に使われる自然な表現です。
随便吧。
算了。
これは必ずしも怒っているわけでも、やる気がないわけでもありません。
むしろ、「気にしていない」「深く考えていない」という軽さを表しています。
「正しい中国語」より「通じる中国語」中国語を勉強していて感じたのは、正しさよりも
自然さのほうが大切だということです。少し文法が完璧でなくても、短く、テンポよく話したほうが、会話はずっとスムーズに進みます。
教科書を卒業するタイミングは、「間違えなくなったとき」ではなく、「間違えても話せるようになったとき」なのかもしれません。
おわりに
教科書は、中国語を学ぶためのとても大切な入り口です。でも、その先にある「生きた中国語」は、
実際の会話の中でしか身につきません。もし今、「自分の中国語、なんだか固いな」と感じているなら、
それは成長している証拠だと思います。
そこからが、本当の中国語学習のスタートです。