年次有給休暇を適切に与えないことはどのように問題になるか | ★社労士kameokaの労務の視角

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ー特定社会保険労務士|亀岡亜己雄のブログー
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1 年次有給休暇を自由に取得できない状況

年次有給休暇をめぐる相談は、相変わらず多い。インターネット上のニュースでも多い話題である。年次有給休暇の件がメインの問題ではないのだが、パワハラ、配置転換、残業代、解雇、退職勧奨、退職追い込みなどメインの諸問題の中で、年次有給休暇のテーマが混在していることが多い。

 

問題の中心は、従業員からすれば年次有給休暇が思うどおりに取得できない状況に困っているケースがほとんどだ。取得できないというのは、会社からの圧力、強要、指示・命令などにより年次有給休暇を取ることができないというものである。

 

2 年次有給休暇に対する企業姿勢の例

年次有給休暇の取得に関しては、様々な企業態度が見られるが、典型的なパターンをあげておく。

①   「年次有給休暇の制度はない」と言われた。

②   「仕事もできないのに休みの権利ばかりじゃないか」と言われた。

③   「人手がないんだからだめだよ」と言われた。

④   「引き継ぎが終わってないんだから取ることはできないよ」と言われた。

⑤   「他の者は年次有給休暇を取らないで働いているけど」と言われた。

⑥   「納得できる理由がないと年次有給休暇は取らせることはできない」と言われた。

 

上げれば様々なパターンがあるのだが、典型的なものはこんなところである。こうした企業対応は、法律よりも企業の都合をルールとして位置づけていると受け止められても仕方ない。企業としては改善を考える必要がある。

 

年次有給休暇の取得は、従業員の休みのテーマだけに、従業員の大きな不満になるもので、敷いては、労働の士気低下に直結してしまう。企業の生産性低下を導いてしまう要素でもあるのだ。法律云々の問題もあるが、経営の問題にもなるものである。

 

3 法規定はいたって単純明解

年次有給休暇は、

使用者は、・・・有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。」(労働基準法39条)と定められている。

 

これが年次有給休暇の取得に関する原則ルールになる。つまり、請求されたら自由に取得させなければならないことになる。したがって、年次有給休暇において、このルールを下回る定めや運用は違法になると考えられる。

 

年次有給休暇の取得権発生の基本要件は、雇入日から6か月以上勤務、全労働日の8割以上出勤となっており、これをクリアしている場合には、自由に取得できる。ちなみに、年次有給休暇の取得権は、会社の承諾があって権利が発生するのではなく、一定の勤続年数などをクリアすることで法的に当然に発生する。

 

4 労働基準法39条の但し書きの運用

もっとも、39条には、「ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。」との定めもある。

 

これは年次有給休暇の時季変更権と言われるものだ。しかし、但し書きの運用が認められるのは、「事業の正常な運用を妨げる場合」である。これは、企業が「運用を妨げる」と通告すれば認められるというものではない。従業員の年次有給休暇取得によって、部署や経営などに影響を及ぼすレベルが求められている。

 

もっとも、年次有給休暇が非常に長期の請求である、会社が人員体制などを検討する余地のないほどの突然の請求であるなどの場合には、会社にも一定の裁量の余地があるため時季変更権が認められる場合がある。

 

しかい、いつも人材不足で年次有給休暇を取らせるのは難しいという状況などは「正常な運用を妨げる」ことには該当しないと考えられている。時季変更権の運用はそこそこハードルが高い。

 

5 2であげた①から⑥はどうなるか

先の2で①から⑥まで年次有給休暇の取得の際によくある企業対応の例をあげた。これらはどうなるだろうか。

 

3、4でみたように、どれも法律の基準を下回る、従業員への不利益にあたるため無効になる。会社は年次有給休暇を与えなければならない。原則通りに検討するとこうなる。

 

③の「人手が足りない」は、実際の実務では他の事情を確認しないと正確な検討はできないが、ただ人が足りないだけでは、年次有給休暇を他の時季にしてほしいとは言えないことになる。

 

④は、就業規則で「引き継ぎを行わない場合は(あるいは、完了していない場合は)、年次有給休暇の取得はできない」などの規定をみかけることがときどきある。特に、退職する従業員や部署異動の配置転換対象の従業員に対して適用されるケースであると考えられる。

 

就業規則に定めてあるので、一見、有効のように思えるが、法律は、労働者の請求する時季に年次有給休暇を与えなければならないとの定めであるから、就業規則の規定が法律に反している可能性もある。

 

ただ、引き継ぎをしない、引き継ぎが不十分という状況が、労働者の悪質な非協力的な行為が原因である場合などには、それらを考慮して検討する必要が出てくるだろう。また、6で触れるように、労働者の責任ある地位や引き継ぎ等が不十分なことなどによる業務運用への影響によっては時季変更権も肯定されるケースも考えられる。

 

したがって、就業規則の条文規定に、「引き継ぎを行わない場合は年次有給休暇を与えない」旨の規定の合理性の問題と就業規則の規定を精密にしても、かなりの部分を運用でカバーしなければならないといった問題を十分に考える必要がある。

 

6 引き継ぎ等が問題になって会社の年次有給休暇の時季変更が認められた例

裁判例では、退職する労働者が34日間の年次有給休暇の申請をして、会社が事業の正常な運営を妨げるとして時季変更権を行使した例がある。

会社の時季変更権の行使は適法であるかがポイントとなった。

 

裁判所は、会社の時季変更権行使を適法としているが、その理由として注目すべきは、労働者の地位・業務性質や引き継ぎ状況の点である。以下にポイントを抜粋及び要約しておく。

 

労働者は、プロジェクトにおける最高責任者であるプロジェクトリーダーとして、プロジェクトチームを管理監督し、顧客に対する営業や折衝、プロジェクトの進渉、予算及び品質について責任を負っていた者だった。会社は、この労働者のプロジェクトの遅延や競業避止義務違反を認識したため、プロジェクトリーダーから外した。労働者は、退職を申し入れるに当たってプロジェクト引継ぎのためのレポートを作成した。しかし、プロジェクト方針決定の経緯、方針の内容等について同レポートの内容と顧客の認識との間に齟齬があった。また、年次有給休暇の期間が三四日間という長期にわたるものであった。これらの事実を総合すれば、プロジェクト運営における顧客への対応、交渉を行うため、プロジェクトリーダーであった労働者による業務引継ぎや説明が不可欠であった。

【ライドウェーブコンサルティングほか事件/東京地判 平成21年1月19日労判995号49頁、判時2049号135頁】

 

以上を理由として、裁判所は、会社の時季変更権を適法と認めたのである。

 

ところで、この一例をもって、業務引き継ぎを行わない場合には年次有給休暇を取得させなくていいと考えることは禁物である。

 

先に触れたように法律の原則は、労働者の請求する時季に自由に与えることである。この裁判が上記のように判断されたのは、労働者がプロジェクトの最高責任者であって、プロジェクトの経緯や方針などについての引き継ぎ等に齟齬があり、会社としてプロジェクト運営に大きな支障を生じるといった特別の事情があった点が大きい。年次有給休暇の長さの問題がこれに付加された。

 

通常、退職者に対する時季変更権は簡単には認められない。退職者は、退職日より後にずらして年次有給休暇を取得することが不可能だからである。ゆえに、このことと、裁判所が指摘した引き継ぎ等を十分にかつ正確に行わないことによるプロジェクト運営に関する支障とのバランスや考慮によっては、会社に一定の裁量権があるものの異なる見解もあり得るかもしれない。

 

年次有給休暇の請求人は退職者であるから、少なくとも、裁判所が理由として指摘した事情がなければ、法律の原則ルール通り、会社は、年次有給休暇を与えなければならないと判断された可能性がある。

 

企業としては、退職者の場合は特に、引き継ぎなどを行わない、もしくは、不十分であっても、簡単には時季変更権は認められないと受け止めておき、特殊な事情が絡んだ際に、例外として認められるかを検討することになるといった位置づけで捉えておくのが適切と考える。

 

【特定社会保険労務士 亀岡 亜己雄】