すし店従業員がタトゥーがあるとして解雇された事案 | ★社労士kameokaの労務の視角

★社労士kameokaの労務の視角

ー特定社会保険労務士|亀岡亜己雄のブログー
https://ameblo.jp/laborproblem/

 1 今回の内容と一般的な構図

今回取り上げます事案は、時事通信社のニュースソースから取り上げます。タイトルが強烈に目に飛び込んできました。

 

事案概要は、ホテル内のすし店に勤務する従業員が、体に入れ墨があるとの理由で解雇されたというものです。

 

労務実務では、労使ともに、体に入れ墨があることを理由に解雇に踏み切る行為が、妥当なのかどうかわからないまま事が進んでいってしまうことになっていくことが考えられます。

 

企業は、入れ墨=やくざ者的なイメージ等のみで、職場にそのような者がいたのでは、職場秩序が乱れるとの評価をしてしまうのでしょう。

 

一方、労働者の方は、入れ墨を体にしていたからといって、それを理由に解雇され、いきなり収入の道を断たれるのは、当然、納得するはずがありません。

 

ただ、こうして、労使で食い違っている状態のままでは何の解決にもならないことも確かです。では、さっそく、ニュース概要からみてみましょう。

 

2 今回の事案

 ホテルニューオータニ=東京都千代田区に入る高級すし店で板前補佐として勤務していた

男性(20)が1日、体にタトゥー(入れ墨)があるとの情報で解雇されたのは違法などとして、店を運営する紀尾井久兵衛=同=に計580万円の損害賠償と係争中の賃金支払いを求める労働審判を東京地裁に申し立てた。  男性の代理人弁護士によると、男性の友人は7月26日、すし店店長に男性にタトゥーがあることを示唆。その話を聞いた紀尾井久兵衛社長は2日後、事実確認をしないまま男性を解雇した。同月末には、男性が住んでいた杉並区内の寮も退去するよう求めた。 男性と紀尾井久兵衛双方の代理人の協議後、解雇は8月に撤回されたものの、体にタトゥーが入っている間は調理準備の仕事しかできないと告げられたという。 男性の代理人弁護士は、男性にタトゥーがあるかは明らかにしていない。弁護士は「就業規則でタトゥーは禁じられておらず、解雇は違法。退去の強要行為も損害賠償の対象となる」としている。 (時事通信社記事より)

                        

 記事で記載されている範囲でしか読み解くことができませんが、ポイントになる点を挙げてみたいと思います。

 

3 ポイントになる事実と争点

➀X(=申立人)は、板前補佐が業務だった。

②(=被申立人)は、ホテルニューオータニに入っている高級すし店であった。

③7月26日、Xの体にタトゥーがあることをXの友人がすし店店長に何らかの形で通知したらしい。

④Yの対応は、

 ㋐Xのタトゥーの事実を確認しなかった。

 ㋑7月28日、Xがタトゥーをしているとの情報のみでXを解雇した。

 ㋒7月末、Xが住んでいるYの寮をXに対し出ていくように求めた。

 ㋓8月に解雇を撤回した。

 ㋔YはXに対し、体にタトゥーが入っている間は調理準備の仕事しかさせないことを告げた。

⑤Xの代理人によれば、就業規則にタトゥーを禁じる規定は存在しない。

 

以上がこの事案ではポイントになってくると考えられます。労働者の行為が、服装や身だしなみなどに関する企業秩序違反にあたるかという点が争点になると考えられます。

 

4 先行事例にみる考え方

これまでも類似の事案としまして、ハイヤー運転手がひげを生やしたまま乗務したことに対し、身だしなみを整えることを求める会社の規定のうちの、髪を整えひげをそることに反したとして戒告処分をした例【イースタン・エアポートモータース事件・東京地判昭55.12.5労判354号46頁】などがあります。

 

この事案では、口ひげをそるべき旨を命じたことに関し、身だしなみの規定の合理性を認めたものの、口ひげは無精ひげ、異様・奇異なひげにはあたらないため、労働者はひげをそるという命令に従う必要がないとされました。

 

また、トラック運転手に茶髪を改めるように命令した事案【東谷山家事件・福岡地判小倉支平9.12.25労判732号53頁】でも、業務命令権の範囲外とされています。

 

こうした服装や身だしなみに関することの企業対応が正当と評価されるのかどのような場合か、逆に、労働者のどのような行為があると企業秩序違反となるのか。ここを見る必要があります。

 

一般的に、服装や身だしなみなどが企業としては、奇抜だ、違和感があるなどとして受け付けないことから、解雇や懲戒処分にすることはできないと考えられます。また、その服装や身だしなみを強制的にやめさせる、やめないことを理由に解雇や懲戒処分にすることもできないと考えられています。

 

5 企業秩序と懲戒処分の関係

 一般に、企業はその秩序を作り維持する権限があるとされています。従いまして、就業規則にある企業秩序及び懲戒処分の規定を根拠に、企業秩序を乱した従業員を懲戒処分にする権利があるとは言えます【国鉄札幌運転区事件・最二小判昭54.10.30労判329号12頁】。

 

しかし、労働者が「労務提供義務を負うとともに、これに付随して、企業秩序遵守義務その他の義務を負う」からといって、「企業の一般的な支配に服するものということはできない」と考えられています【富士重工業事件・最三小昭52.12.13労判287号7頁】。

 

企業秩序の紊乱(びんらん)にあたる行為があって、実際に業務などに支障をきたしたなどがある、かつ、懲戒処分が必要であると会社の主観ではなく客観的に認められることが求められるとされています。

 

企業からみれば、ハードルが高いとの心証になるかと思いますが、そうさせているのは、服装や身だしなみなどのことは、労働者の個人の自由に属することで、人格権との関係から慎重な姿勢が要請されているからと考えられます。

 

会社の業務服を着用しないなどは服務規律違反になるなどが明確ですが、個人のひげ、髪、プライベートな服装などはよくよく慎重になることが求められます。

 

まず、大きな枠組みでは、今回のタトゥーの事案でも同様に考えることができます。

 

6 詳細な点の評価のポイント

これまでの内容に照らして考えますと、以下の点が気なるところです。

➀男性のタトゥーはどこに入っていたかにもよる

 記事では、「体にタトゥー」としか記載されていませんので詳細は不明ですが、たとえば、タトゥーが手首や腕、首など板前補佐の制服を着用した際に、完全に露になり、かつ、その状態がお客様に多大な不快感を与えて、店の客の入りやすしという商品を食する行為、しいては売上に影響するということになれば、企業秩序が重視される可能性があります。

 

ただし、前提として、すし職人あるいは板前補佐としての服装や身だしなみ等にふさわしくないものは認めないことを規定しておく必要があること、また、懲戒処分することはないにしても、念のため懲戒処分規定にも規定しておくことが必要になります。

 

しかし、板前補佐の服装になれば、外からはまったくタトゥーが見えないという状態であるならば、客観的に業務に支障をきたすとの評価にはなり得ないと考えられ、解雇や懲戒処分などを措置した場合には違法となる可能性があります。

 

板前補佐の服装になれば支障ないとはいえ、仮に、企業が、板前補佐という位置づけ上、外から見えなければいいというものではないとの主張をした場合には、認められるのでしょうか。

 

やはり、業務上で支障をきたす部分がない以上、Xに何か措置を講ずることは難しいと言えます。もっとも、タトゥーをなくように努力してほしいと伝えることは自由です。

 

②YがXのタトゥーの事実を確認しないで解雇に踏み切った行為の問題

 これまで触れてきましたように、業務に支障をきたした、業務上解雇の必要があったということでなければ、YのXの解雇は違法なものと評価される可能性があります。

 

加えて、今回の解雇はXの友人から店長に情報が示唆されてから2日後であるという点で、大きな問題になると考えられます。情報の信ぴょう性含めた事実を何ら確かめようともせず、タトゥーを入れているとの情報だけで即刻、解雇したことの疎明となり、労働者の主張として大きく取り上げられる要素になると考えられます。

 

それよりも、社長はタトゥーの事実をXに確認しないで解雇したことがかなり重い行為です。Xの友人からの情報にすぎませんから、YはこのことをXに確認、必要ならばXに説明して調査に着手ということになります。

 

しかし、それをしなかったことは、汚点が残ります。一般的に、当事務所で労働問題を扱う際にも多いのですが、企業が調査すべき案件で調査もなにもしないで処分などの措置に踏み切っている例があります。

 

企業の調査能力、調査に対する理解などの問題も見えるところではありますが、行為として調べる、聞き取りをするなどは必要になります。

 

③YがXに退寮を求めた問題

 ➀②の延長線上の話として、退寮を求めたことが問題です。解雇=寮も出て行ってもらうのは当然だとの構図なのでしょう。しかし、情報入手の2日後に解雇、5日後の末日には退寮を伝えています。

 

Yに寮規則というものが存在するのか記事からは不明です。しかし、仮に、ある場合には、寮規則に従って命じているかが問われるところです。また、仮に、解雇が正当であった場合、寮規則の有無にかかわらず、退寮日によっては、退寮との命令が有効かどうかが問題となります。

 

労働者のほうでは、荷物をまとめること、次の居住場所を探し決めることなどが必須になります。退寮日まで余裕がなくなる場合には、そのような状況を考慮することがYには求められると言えます。

 

④体にタトゥーがある間は調理準備の仕事しかさせない問題

 小職はタトゥーについてほとんど知識を持ち合わせておりませんが、聞いたところによると、一度、タトゥーをすると消すのは大変になるとのことです。

 

つまり、タトゥーがある間は調理準備の仕事になるとは、Yによるタトゥーを消すことの義務付けになるわけです。消さなければ板前補佐の業務ができないことになったわけですからそのように考えざるを得ません。

 

一つ目は、タトゥーを消すことを義務にすることの問題があります。そもそもタトゥーは技術的にもそう簡単に消すことが困難らしいとすれば、それを命じることはXにとっては酷なものとなります。

 

二つ目は、タトゥーを消すことを命じることができるかという問題です。

個人的な服装や身だしなみなどに関することを、業務に支障があるわけでもないのにやめろと命じることは難しいと言えます。

 

以上から、タトゥーがある間は板前補助の業務を外して調理準備の仕事しかさせないは、認められない可能性があります。

 

 

以上、ざっと時事通信の記事から読み取れる範囲で触れてみました。服装や身だしなみなどに関することは、企業が違和感があるなどの理由のみで、解雇や懲戒処分などの措置をすることは難しいことになります。

 

また、妥当性はともかく、主張するのであれば、最低限、就業規則に業務に支障があることとその対象となる内容(今回で言えばタトゥーを入れる)について規定しておく必要があることが求められます。

 

これらを柱に従業員の人格権にかかわる領域の問題は、身長に考えるべきかと思います。労働者からみれば主張できる要素がいくつかありますので、整理して組み立てることになります。