求人票と実際の労働契約が異なるが、労働条件通知書に労働者の署名押印がある場合、果たして、求人票記載の労働条件が認められるのか、それとも労働条件通知書記載の新たな労働条件による労働契約が認められるのか。非常に参考になる事案です。
被告Y(障がい児童に対する放課後デイサービス事業を行う)に雇用されていた原告Xが、期間の定めのない契約であったとして、解雇は無効と主張(主位的)、労働契約が期間の定めがあったものだとしても、雇止めは無効で従前の契約が更新されたと主張(予備的主張)して、XがYに対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認と未払賃金等の支払を求め、解雇または雇止めは不法行為を構成するとして損害賠償請求した事件です。
【事 実】
Xは64歳で指導員として働いていた者です。Yのハローワーク求人票は、㋐職種:管理責任者、㋑仕事内容:放課後デイサービス事業所における障が児童に対する療育、介護等、オープン予定の新しい施設です、㋒雇用形態:正社員、㋓雇用期間:雇用期間の定めなし 平成26年2月1日~、㋔必要な経験等:実務経験5年以上、年間180日以上勤務されてる方、㋕必要な免許・資格:ヘルパー2級又は保育士又は社会福祉士、普通自動車免許、㋖賃金:基本給 月額25万円、月平均労働日数21.8日、㋗定年制:なし、㋘就業規則:なしーとなっていました。
YがXに対し平成26年3月1日に作成した労働条件通知書には、「本通知書に記された労働条件について承諾します」「本通知書を受領しました」と記され、同日付けのXの署名押印がなされている。また、労働条件は、㋐契約期間:期間の定めあり(平成26年3月1日~平成27年2月28日)、更新する場合あり得る、㋑賃金:25万円(サービス管理者分3万円、基本22万円)、通勤手当4,100円、㋒定年制:有(満65歳)と書かれていた。
Yは、ハローワーク求人の際に、本件事業所開設にあたり管理責任者が必要になっており、管理責任者になれる人、月給25万円を決め、他の条件は取締役Bに、できるだけ多くの人が応募するように募集要領を記載するように指示した。正社員で雇用の始期は平成26年2月1日、期間の定めなし、定年なしとする求人票を作成した。Y代表者は、実際の契約内容は契約時に改めて決めればよいと考えていた。
Xは、ヘルパー2級の資格を保有し2つの施設で老人介護の経験を積んでいた。求人票を閲覧し、25万円の給料、定年がない点に魅力を感じた。面接では、定年がないことを質問したところ、Y代表者は「まだ決めていない」と回答し、労働契約期間の定めや始期については特にやりとりはされなかった。
Xは、求人票に記載された就労予定日(平成26年2月1日)が近づいても、労働契約書が作成されなかったため、危険を感じ、従前の就業先のうち、一部だけを退職するにとどめた。
Yは、事業所の開業前の同月中は業務があまりないことから、他の従業員と同様、Xについても同月中は時給850円のパートタイム勤務とした。Yの都合により、Xは同月中、11日間91時間の就業をした。
Y代表者は、平成26年3月1日からのXの労働条件について、C社会保険労務士の助言を受けて、契約期間を1年間の有期契約とし、65歳の定年制とする本件労働条件通知書を作成した。
同日、事業所が開所し、他の就業先を退職してフルタイムの勤務を開始した。Y代表者は労働条件通知書を提示して説明した。Xは、他を退職してYに就業した以上、これを拒否すると仕事が完全になくなり収入が絶たれると考え、特に内容に意を払わず、その裏面に署名押印した。
Xは、同年3月18日に交通事故に遭い、休職後徐々に復職した。しかし、Y代表者の対応に不満を抱き、平成27年1月労働組合に相談した際に、本件労働条件通知書の有期労働契約や定年がある点を指摘され認識した。
Yは、平成27年2月末日限りで労働契約が終了したと扱った。
その他の事実として、労働条件通知書について、Xは説明をしなかったと主張し、Yは一言一句読み上げたと主張したが、X本人が説明を受けたと陳述し、他2名と同じ内容であったことから、相応の説明をしたとしています。
【裁判所の判断】
[求人票について]
「求人票は、求人者が労働条件を明示した上で求職者の雇用契約締結の申込みを誘引するもので、求職者は、当然に求職票記載の労働条件が雇用契約の内容となることを前提に雇用契約締結の申込みをするのであるから、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなど特段の事情のない限り、雇用契約の内容となると解するのが相当である」〔一般論〕。
本件では、「本件求人票には期間の定めはなく、雇用期間の始期は平成26年2月1日とされ、面接でもそれらの点について求人票と異なる旨の話はないまま、YはXに採用を通知したのであるから、本件労働契約は、同日を始期とする期間の定めのない契約として成立したものと認められる。」
定年制については、「本件求人票には定年制なしと記載されていた以上、定年制は、その旨の合意をしない限り労働契約の内容とはならないのであるから、求人票の記載と異なり定年制があることを明確にしないまま採用を通知した以上、定年制のない労働契約が成立したと認めるのが相当である」
[労働条件の意思表示]
「使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当ではなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきであり、その同意の有無については、当該行為を受入れられる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁2小平成28年2月19日判決・民集70巻2号123頁)そして、この理は、賃金や退職金と同様の重要な労働条件の変更についても妥当するものと解するのが相当である」〔判断枠組〕。
上記の枠組みに基づき、同年3月1日の本件労働条件通知書にしたXの署名押印について以下のように判断しました。ちなみにこの判断枠組は、山梨県民信用組合事件(民集のほか、労働判例ジャーナル51号2頁)の最高裁の判断を引用、踏襲したものです。
「Y代表者がその主要な内容を相応に説明した上で、Xが承諾するとして署名押印したものの、Y代表者が求人票と異なる労働条件とする旨やその理由を明らかにして説明したとは認められず、他方、Y代表者がそれを提示した時点では、Xは既に従前の就業先を退職してYでの就労を開始しており、これを拒否すると仕事が完全になくなり収入が絶たれると考えて署名押印したと認められる。」
「これらの事情からすると、本件労働条件通知書にXが署名押印した行為は、その自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは認められないから、それによる労働条件の変更についてXの同意があったと認めることはできない。」
結果、XとYとの労働契約は、期間の定め及び定年制のないものであると認められるとしたのです。
Xの要求した賃金については、Xが平成26年3月1日にYから就労を拒否されて以後、平均月25万円の収入を得ており、YがXに拒絶期間中の賃金を支払うに当たり、その利益額を賃金から控除することができるとし、月15万円の支払を命じています。
ちなみにこれは、賃金は平均賃金の4分の1を上限として控除できると判断された最高裁二小判昭和37年7月20日・民集16巻8号1656頁を引用し、10万円を控除したものです。
Yの不法行為については、労働契約上の地位が確認され、未払賃金が支払われることで補填され、Xが他で就業して本件労働契約に係る給与以上の収入を得ていることから、不法行為を構成するとまでは認められないとしています。
一般には、労働者から署名押印をもらえばいいとの意図から、署名押印があることで同意を得たと考えがちです。しかし、今回取り扱いました裁判例からは、平成28年の最高裁判決を踏襲していることを踏まえますと、労働者が、労働条件通知書に署名押印をしたことで同意があるとは認められないことを労使ともに知っておくべきかと思料します。
柱となるのは、企業側は労働者に対し、労働条件が求人票と異なることやその理由を説明し、自由意思に基づく同意を得たかということです。事案により、その時置かれた労働者の諸事情を考慮して判断をする必要がありますが、基本的にはこの点が肝となるようです。
労働者にとっては、労働問題の当事者になった際に参考になりますし、企業にとってはリスク回避のためにどのような対応をしなければならないかの大きなヒントになると考えます。
デイサービスA社事件・京都地判平成29年3月30日/LEXDB25545858、労働判例ジャーナル64号1頁