試薬の製造等の業務に従事していた労働者が、派遣先で次のようなハラスメント行為を受けていました。
①上司Aから作業を指示され、上司Bからそれを辞めて別な指示をされ遂行すると、Aから「命令違反だ」と言われる。
②仕事上のミスで叱責を受ける。
③有給休暇の意向を示すと出勤を促される
④製造の工程プログラムの変更方法がわかならず変更しないでいたところ、「殺すぞ」、車を傷つけること等を言われる。
⑤機械にこぼした洗剤のふき取りが不十分で、機械に腐食が生じたことに対し、「殺すぞ」「あほ」などと発言する。
⑥ゴミ捨てなどの雑用をさせられる。
労働者が苦情を申出たにもかかわらず、会社は、上司らの事情聴取をすぐに実施しませんでしたが、責任者による労務の見回り回数を1日5、6回に増加しました。会社は1か月ほどしてから事情聴取しましたが、上司らは、威圧的、脅迫的な言動を否定しために確認できないことを労働者に報告しました。労働者は、勤務継続できないとして退職するに至ったのです。
この事案では、上司らの不法行為、使用者責任、会社固有の不法行為が問題となり、労働者は派遣先企業に対し、200万円の慰謝料を求めました。
判決は、上司らが、監督・指導する立場にあり、適切な言辞を選んで指示等を行う必要があるとして注意義務を指摘しました。粗雑で極端な表現を用いての指導は、配慮を欠き、そのような言辞を用いるほどの重大な事態であったとは言えないとしています。
さらに、地裁では、職場環境維持義務違反の程度を根拠に、会社の不法行為責任に対し30万円が認定されましたが、控訴審では、苦情申出後1か月も事情聴取を行わなかったが、事情聴取後は、具体的な問題が起きていないとして、会社の不法行為責任を否定しています。
地裁、高裁とも、上司らの不法行為責任は認めましたが、地裁は50万円、高裁では30万円と少し認定金額に差が出ています。
今回の事案では、「殺すぞ」「あほ」などの、レッドカードとも言える言辞があったのですが、違法性の判断において、派遣先の指揮命令関係、上下関係を重視している点が特徴的です。
判決文は、監督・指導の立場としての上司としての適切な言辞の点について強調しています。
このように、判断の根拠に事案の特性がありますが、「殺すぞ」「あほ」などという言葉は、業務指示として適切とはみなされないこと、会社が部下をもつ立場の従業員を適切に指導教育していること、ひとたび、事がパワハラに該当する可能性がある出来事が起きた場合は、迅速に事情聴取などの調査に着手するなど、適切な事後対応をすることが重要であると言えます。トップメッセージを発信するなど、パワハラの事前対策も怠らないようにしておきたいものです。
(アークレイファクトリー事件 大阪高裁 平成25年10月9日判決/労判1083号24頁)