震災、原発、TPP交渉、

タイ、イタリアの洪水、ギリシャの問題

いろいろ あります。


全部 同じ地球の上でおきていることです。


「世界遺産 時を刻む~来世~」

微笑んでる夫婦の像の棺を見て


「大河ドラマ 江」

今の日本につながる

歴史上の先人たちのことを知って


「妖怪人間ベム、ベラ、ベロ」は、

生きる意味を考える回でした。

この回では、生きることによって

つながりができ、つながりから生まれるものがある。

というものでした。


僕セカの原作者の葉田さんのインタビューにも

学校を作ったからすごいとかじゃなく、

人が人を思う気持ちが大事なんです。

というのがありました。


全部同じ気がします。

人が人を思う気持ちからつながってきた結果が

今の地球だし、

人が人を思う気持ちをなくさなければ、

ずっとつながっていけますよね。

と 願うばかりです。


わたしの数あるパワー源のひとつに

まどみちおさんの詩があります。


まどさんのことは、灰谷健次郎さんの「天の瞳」

で知ったのですが、童謡の

「ぞうさん」や「やぎさんゆうびん」の作者でもあります。


わたしのパワー源は

「おならはえらい」です。


「おならはえらい」 まどみちお作

おならは えらい

でてきた とき

きちんと

あいさつ する


こんにちは でもあり

さようなら でもある

あいさつを・・・

せかいじゅうの

どこの だれにでも

わかる ことばで・・・


えらい

まったく えらい


(こんにちはまどさん より)

他の詩集にも入ってるかもしれません。















「思考の整理学」 外山滋比古/著 を読みました。

東大生 京大生に読まれているというPOPにつられてです。


大当たりでした。面白いです。

大学の先生の書いた本だし、難しいかなと

思ってましたが、わたしでも全然大丈夫です。


「考える」という言葉に最初に出会ったのは、

社会人になりたての頃、日本IBMのボールペンに

プリントされていたのです。「think」と

わたしは、それを「考えろ」と解釈していました。


わたしが社会人になりたてのころですから、

もちろん 「Thinkpad」が発売される前の話です。


コンピュータが普通の時代になり、知識をどんどんためることが

できるようになりました。

インターネットが普及し、わからないことを調べるのも手軽に

なりました。

でも 考えることだけは、自分でできるようにならなければ

それらを活用することは、できません。


このブログのタイトルもそんなフレーズにしたかったのですが、

わたしが読んでるある人のブログのタイトルに使われていたので

感じて考えるという意味をこめての「Impression」にしました。


ビール醸造の話や、触媒の話、ノートの作り方なども

すごい参考になりました。


日々 いろいろ 感じて考えてることがあるのですが

日常生活の追われて、考えることを途中でやめてると

自分で思っていました。


考えを深めるためには、本を読むしかないのかなと

思ったりもしますが、それも何を読んでいいかもわからず

また、ミーハーな性格ゆえ、ついつい

お気に入りのドラマや映画、本に手がのび、

なかなか 進展しません。


でも それもありだし、日常生活の中での

出会いや体験がもしかしたら、その考えの新たな

方向を示してくれるかもしれないということで、

あせらず、のんびりと考えることにします。


手帖は使わないので、このマイページの下書きにでも

寝かせておきます。


仕事のことも、昨日、不満に思ってた事柄について

一つですが許容範囲の打開策を思いついたので、

「まあいいか」と思っていたのですが、


「思考の整理学」を読んでいる途中、別の仕事についても

アイデアが浮かび、ありがとうございます。

という 気分です。




大河ドラマを初めて、全話見ています。

もちろん 向井理さんが目当てでしたが、


日本史の苦手なわたしでもなじみやすいように

ドラマが作られてるからでは、とも思います。


史実とは 違う部分もあるかもしれないけど

それぞれのエピソードから

わたし自身がいろいろなことを感じるのが、

とても楽しく、録画して何回も見ています。


10月30日放送の第42回は、冬の陣の和睦後

将軍 徳川秀忠が大阪城に 淀と秀頼に

会いに行きます。


大河ドラマ「江」では、上野樹里さんが演じる「江」が

ドラマの中の重要な人物と別れる前に、

最後の対話をしていました。

織田信長には、「思うままに生きよ」と言われたり

母親の市には、織田の血を後世にと太平の世を遺言されます。

明智光秀、千利休、豊臣秀次、豊臣秀吉


秀吉没後は、江戸に住んだため、

それまでのように、自由に行けなくなるのですが、

その「江」のかわりに、夫である向井理さんの「徳川秀忠」が

会い、思いを聞く場面がでてきます。

もちろん、太平の世を築くため、生きる道を模索してもらうため

に会いに行くのであって、最後の対話目当てではないのですが、

結果的には、、というところです。


石田光成、そして今回の豊臣秀頼です。


「江」と「秀忠」中心に見ていた大河ドラマですが

この最後の対話は、それぞれの人が何を考えたんだろうとか

その時代背景やその人の境遇などと合わせていろいろ

と考えるきっかけを与えてくれるものになっています。


地元京都の某信用金庫の広報ポスターに

地域の職人さんや芸術家さんなどを

毎回一人ずつピックアップして、モノクロのポートレートと

一文字の漢字をデザインしているシリーズがあります。


それの大河ドラマ版という感じでしょうか?


歴史上では、何年何月何日没という表され方ですが、

ドラマにすることで、そこにその方が存在した息使いみたいなものを

より強く感じられるのは、役者さんの立居振舞や、目力、声などや

背景のセット、風や空気感が集合しているからだと

思うのです。


いよいよクライマックスです。歴史を知ってても

役者さんや製作スタッフの方が作り上げる

大河ドラマ「江」とても楽しみです。