自分自身が高校生の時、留学という選択肢がなかったわけではないのですが、当時の私にとっての留学は「ただ外国に行く」というだけのことでした。そして留学の目的は「外国語の習得」だと思っていました。
アメリカの大学院に入った32年前 正直にいうと「大学のランキング」に関してはまったく無知で、「ハーバード」とか「オックスフォード」とか「ケンブリッジ」といった大学名は知っていましたが、どうしてそういう大学が有名なのかも考えたことがありませんでした。
よく最近は日本でもアメリカやイギリスの大学が世界の大学のランキングの上位になっていることが話題になります。世間一般で話題になっているかどうかはわかりませんが、そういう記事をよく目にします。
大学のランキングはいろいろな基準で決まるのですが、大学のは「リサーチ(研究)をして世の中のためになる」ことが第一の役割なので、いい研究をしている大学には政府からの補助金も多く出て、レベルが上がっていく仕組みができあがっています。
「いい研究をしているか」どうかは、論文の発表数によっても評価されます。同時にどれくらい研究費があるかも評価の対象です。そのため、ほとんどの大学は優秀な研究者に多大な研究費を与え、研究結果を論文として提出し、それを基に研究費を別機関(政府や一般企業)から得ています。
この「論文発表」ですが、ほとんどの研究論文は英語がベースになっています。もちろん研究者が母語で書いたものを翻訳家が訳して提出することは可能ですが タイミングが勝負の医療研究や科学研究では結果が出てから論文を書き上げるまでの時間差で他の期間が同じような研究をしていて、先に結果を出すこともあります。
ただし分野によっては、英語だけできても研究ができないものもあります。例えば古代日本の書物の研究などは、日本語がわからないとできないでしょうし、医学の分野などでもある地域だけで起きる現象などはその地域の言語ができないと研究ができない場合も足ます。だからこそ英語圏の大学にも世界言語(いわゆる外国語)のコースがあり、特別な研究をしたい人が履修するわけです。
私は自分自身と娘の受けてきた教育を振り返り、英語が第一言語だと有利なことはたくさんあるかもしれないけれど、ほとんどの英語母語話者が英語だけで教育を受け、そこで完結してしまいます。それより自分が本当に研究したいことができて、それを世に出すときに英語が必要となって英語を習得していった人の方が、最終的にはいいリサーチャーになるような気がしています。
だから日本で教育を受けた人がアメリカやその他の英語圏に留学して、英語力も身につけたら、その先にある「自分のやりたいこと」に英語力を活かせたら、それが一番いい教育機会なんじゃないかと思うようになりました。同様に娘が英語で教育を受け、バイリンガル能力を身につけたのちに、今から「自分のやりたいこと」に二言語を使って挑んでいってほしいと思っています。
もう少し一般的に「英語による教育は世界の中心なのか」についてもう少し書いてみたいと思います(続く)。
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