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1ヶ月ほど前に知り合いが脳腫瘍でもう治療ができないというお知らせを聞きました。

 

 

そのお知らせは家族の方が本人のFacebookのアカウントに出していました。

前の記事にも書いた通り、どうするべきなのかいろいろ考えていました。

 

私はとてもお世話になった上司が老人ホームに入った時に訪問したいから場所を教えてほしいと別の知り合いに言ったのですが、その知り合いは「彼女の面倒を見ている人からまだいろいろな人に来てもらいたくないと言っているから」という理由で私にはどこのホームにいるのかを教えてくれませんでした。

 

私の上司は私がロサンゼルスに来てから最初の4年間、一緒に働きましたが もうその頃はかなり認知症の症状が進んでいたように見えました。もう現役で働くのは難しいだろうと判断されたようで 私に「論文を読まなくちゃいけないんだけど一緒に読んでくれない?」とか「コンピュータの使い方がわからないから教えて」などと頼まれたり、退職された後は家の修理などで私の夫がお手伝いに行ったりしていました。

 

私の子供が産まれた時もとても喜んでくださり、何度か家族でその方の家を訪問したり、食事をしたりしました。

メールをあまり使わなくなり、電話での連絡が多かったのですが、ある時 家の電話番号を変えてからまったく電話が来なくなりました。

 

その時は私の電話番号を忘れちゃったのかなと思い、こちらから電話してメッセージを残していたのですが、後になってその頃から認知症が進み、私のこともあまり覚えていなかったようです。それで施設に移った時も連絡はいただけなかったし、訪問もできないまま、数年後に亡くなったというお知らせを勤務大学の学部長からのメールで知りました。

 

そのお知らせを聞いて すぐに上司の面倒を見ている人からまだいろいろな人に来てもらいたくないと言っているから」という理由で私にはどこのホームにいるのかを教えてくれなかった知り合いに連絡したら、彼女は知らせを聞いてロサンゼルスにかけつけたとのことでした。上司の最期に立ち会ったのは、私の前任の先生を含め5−6人と上司の面倒を見ていた人の家族だったそうです。

 

私はお通夜にも呼んでもらえませんでした。そしてその先生のお別れ会を半年後くらいにしたのですが、そのお知らせはちょうど日本語学会の数日前に一斉に多くの先生に送られました。私はそのお知らせすら来なかったのですが、他の先生からの問い合わせでそういう会がおこなわれることを知りました。

 

その会に参加し、さらに数ヶ月後の追悼記念学会でも短いスピーチをして、やっと遺族(というかその方の後見人とその家族)に会い、私は元部下でとても恩を感じているということを話しました。

 

ご本人の意思で私に会いたくなかったのか、私だけでなく老いた姿を家族(というか面倒を見ていた人)があまり多くの人に見せたくなかったのか、理由はわかりませんが、少なくとも亡くなってから「誰にどのように訃報を伝えるか」に関してはご本人が「この人にだけは連絡しないで」という遺書を残しているというようなよっぽどの理由がない限り、近い人から連絡していったほうがいいのではないか、と思うようになりました。