自分の価値をお金に換算
若い頃、日本で通訳の仕事をしていたことがありました。TV関係の仕事が多かったのですが、展示会のブースやイベントでの通訳もやりました。
一度、モーターショーの通訳の仕事をしたのですがその時にイベントコンパニオンさんと楽屋というか休憩室が一緒になり、その人たちの自分の価値を時給や日給で換算している姿を見て、なんともいえない気持ちになりました。
当時、日本はまだ景気が今ほど悪くなくて、国際イベントには大手の広告代理店が予算をかけてかなり派手にお金を使っていました。
芸能人をゲストに招待する場合、人気度でギャラが決まっているようにイベントコンパニオンやレースクィーンの仕事をしている人たちもギャラに差があって、どこの代理店の誰からの仕事とか、モデルエージェントとかコンパニオンの派遣会社の担当者の采配でギャラや仕事の種類が決まってくるようでした。
通訳はどうだったのかよくわからないのですが、私は若かったし、こういう華やかな場での仕事が好きだったので、あまりギャラ(お給料)を気にせずに仕事をしていました。
これは私の偏見かもしれませんが、自分に値段をつけられてしまう仕事を続けていると「承認欲求」はどれだけお金をもらえるかになってしまって上昇志向が歪んだ方向に行ってしまうような気がします。
「仕事」というからにはお金をもらわなくては話にならないし、同じことをしてお金をもらうなら、多くもらう方が自分に能力がある、自分に価値がある、と思いがちですよね。これがコンビニのバイトとかでA店の方がB店より時給が百円高いのでA店で働きたかったけど、シフトが空いていなくてB店ではたらいているというような状況と違って、自分の容姿とか人に与える印象とかで、毎回 時給(日給)が変わるような仕事をしていると神経が疲弊しそうな気がしました。
もらうよりは与えて喜ばれることの価値
私がハワイに住んでいた頃、それまでほとんど面識がなかった同年代の女の子が2人遊びに来ました。「ハワイに友達がいる」と自慢してしまった私の友人がその2人と昔からの知り合いで紹介されて会いに来てくれました。東京の私立女子校に子供の頃から通って、短大卒業後、モデルエージェントに所属していたそうでとても可愛らしい人たちでした。
ただその2人は、男性に奢ってもらうとか何かを買ってもらうことが自分の魅力に直結していると考えている傾向があり、割り勘なんてとんでもない、お財布を持たずにデートに行くのが当たり前という感じだったので、正直に言ってあまり品がいいとは思えませんでした。でも私のように男性にいつでも奢ってもらえるとかなんでも買ってもらえるような経験がない子はそういう人に何か言うとモテない女の僻みのように思われそうでただ静観していました。
私の母はいつも「他人からものをもらって喜ぶよりも他人に何かをあげることを喜べるように」と言っていましたが、今になってその教えがよくわかるようになりました。ものやお金をもらえることで自分の価値を認識するのか、人にものやお金を与えられることに価値を見出すのかは他人それそれですが、私は後者を選びたいと思いました。
母の教えの話です。
