最近、日本では支援学級に通っていないけれど学習に支障があるお子さんをボランティアで支援しているグループが増えてきているようです。
日本国外からの移民で、日本語がまだ十分理解できないお子さんのための支援サークルの主催者とお話しする機会がありました。日本がこれからやろうとしている文化的・言語的に多様な背景を持つ児童 (Culturally Linguistically Diverse Children)=CLD児への対応は、アメリカの90年代まであったTBE(Transitional Bilingual Education)と重なるところがあり、私は「大丈夫かな〜」と不安になることもあります。
それはさておき、その関係からなのか私のFacebookに、中学生でまだ字が書けない、ほとんど本が読めない(読もうとしない)人にタブレットでの学習をさせてみたらとてもうまくいっているのだが、このまま続けていいのかという方の相談があがってきました。それでその方と個人的にメッセンジャーでやりとりをしました。
アメリカでは学習障害の人が「自分はこういう障害がある」と自己申告し、それが認められれば大学でもその人に合わせた学習法を提供します。例えば「自分は考えをまとめるのに時間がかかる」学習障害があると申告し、認められると毎回試験を受ける時間を長くしてもらえます。また「手書きで字が書けない」と申告して認められれば、手書きの試験の答えもコンピュータにタイプして提出したりもできます。
手書きで字が書けない人が日本語の授業を取って、ひらがな、カタカナ、漢字のテストを受ける際にコンピュータを使用すると手書きで受けている学生と同じ条件にはなりません。それでも大学の規定上、手書きができない人のためのテストを別に用意しなくてはいけません。目が見えない人が外国語のクラスを取りたい場合「読解問題」も別に作成するか他の問題で代用するなど様々な配慮をします。
このような環境が整っているからか、アメリカにはディスレクシア(読みが困難な人)やdysgraphia (書字障害)の人によく会います。日本でも一定数はいるのだと思われますが、親や本人が申請したがらない傾向があるのかもしれません。
私の子供は小学校2年生くらいまで、黒板やホワイトボードの字を写すことがほとんどできませんでした。実はこれは脳の成長の過程でごく普通のことです。鏡文字と言われる字を逆に書いてしまうとか、目で見たものを脳に記憶できても再生する際にちがうものになってしまうという現象は脳が発達している段階ではありがちで、これを無理に強制して直すと、その後、空間把握能力などが十分に発達しないこともあります。
これが私が子供に「書くこと」や「読むこと」を焦らせてはいけないという理由です。私は90年代、アメリカの大学院で「学習障害」について習ったのですが、その頃はまだ「読めない」「書けない」「じっとしていられない」のはすべて「出来が悪い子」と一括りにされ、どうしてそうなるのか、どのように支援してあげるべきかを研究する学者は限られていました。けれどこの20−30年の間にずいぶん研究は進んでいます。
今、未就学のお子さんがいるお母さんには「読み書きを焦ってやらせないで」と言い続けたいと思います。そして「字になっていないけど字のようなもの」を書き始めたら、絶対に「間違ってる」と直さず、見守ってあげてください。そういう時、子供たちは自分の脳と外の世界を自分の方法で交信しているんです。
こちらもよかったら参考にしてください。
タイトルに戻りますが、日本でdysgraphia (書字障害)の研究が少ないのは、おそらく症例が研究者に発見される機会が少ないからではないかと思います。
クリックしてくださるとうれしいです。

