阪神淡路大震災から15年。
兵庫県西宮市出身の私ですが、
15年前にはもう、東京に住んでいました。
だから、大地震の恐怖は体験していません。
同じ兵庫県人として申し訳ないような気持ちになります。
私の記憶に刻まれているのは、
テレビ画面で見た見慣れた街のあり得ない姿
実家に電話をかけても、かけても、つながらない不安
(おかげさまで両親は無事でした)
電話がつながった友人から「これから避難所に行く」と聞いて
そんな彼女のために何もできない自分の無力さ
震災から数日後に帰った実家周辺の変わり果てた姿
でも、色々な県のナンバーの車が
支援にかけつけてくれていて、心強く思ったこと
私にできる形で世界平和に貢献していきたい。
この思いは、あの時生まれたのかもしれません。