本日発売の「車椅子のパティシエ CDブック 」を早速購入いたしました。


車椅子のパティシエ

感動させていただきました・・・・


私は特に「はるかのひまわり」で涙腺が緩みましたしょぼん


阪神淡路大震災において、小学6年生で残念ながらなくなった「加藤はるかちゃん」

彼女の命はお姉さんのいつかさんに確かに引き継がれました・・・


実は次女が「あるかのひまわり」の種を貰ってきて、先般植えました。

今年の夏は大輪の花が期待できます。


種が出来たら「はるかちゃん」の思いが多くの方に届くように、

多くの方に差し上げたいと思います。


他にも感動のお話が10話。

10話全て収録されたCDが付いています。

感動の涙を久々に流されたい方にはお勧めの書籍です(*^^)v



非営利活動法人阪神淡路大震災「1.17 希望の灯り」

阪神大震災とそこから生まれた支え合う「こころ」を伝えひろげるために



昨年11月にご紹介させていただいた木造帆船の達人内海さん に今日は再びご登場いただきます。

内海さんは先の大戦でお亡くなりになった方たちの慰霊のため、ご友人とお二人で今月の30日からハワイ諸島など南方の戦地をめぐる航海を計画しております。


新聞

「私は戦争を直接は知らないが、いとおしい人の死、戦禍の苦難は世代を超え、国境を越えて語り継いでいきたい。」

と記者のインタビューに答えておられます。


また、お二人は、戦没者遺族の気持ちを小笠原に届ける協力をしたいとしています。

かさばる荷物や生鮮品は運べませんが、「何かしらの形でお気持ちを届けたい」と呼びかけています。

お問い合わせは、内海さん(電話054-351-8433)まで直接お願いいたします。


ボランティアによる慰霊航海ですので、真剣な思いの方のみ、お願いいたします。 





ベニバナヒメイワカガミ ってご存知ですか?


ベニバナヒメイワカガミ1

箱根に行った友人が写真を送ってきてくれました。

以下、友人からのメールです。


ヒメイワカガミがたくさん咲いていました。

正式名称は『ベニバナヒメイワカガミ』のようです。
通常は2000~3000mm以上の山でしか見れない高山植物です。
個性的な花ですが、この美しさにこの時期は大勢のハイカーが大涌谷から神山にかけての一帯に集まります。
今日も交通整理が必要なくらい賑わっていました。


ヒメイワカガミ2

3枚目はまた個性的ですね。先端までの長さは1cm程度です。

硫黄成分の噴気の多い大涌谷周辺に点在しています。

以下、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋

硫黄苔(イオウゴケ、ユオウゴケ)は,噴気口周辺など硫黄含量が多い場所に生育する種として知られている。

見た目にもなかなかきれいな地衣類で、チムニーの先端に赤い胞子を作る袋のようなものがありますが、これをモンローリップと言う。
地衣類(ちいるい)は、菌類(主に子嚢菌類)と藻類(シアノバクテリアあるいは緑藻)からなる共生生物である。

外見はコケ植物に似ているが、その構造は菌糸からできており、全く異なるものである。


ヒメイワカガミ3

なんとも愛らしい生物です(^o^)



ネイティブアメリカンは「自他一体」を次のように見事に説明しています。


枝同士が愚かにもお互いに争っているような木を一本でも見たことがあるか


同じ人体において一つの細胞が他の細胞といがみ合おうものならば

結局は体全体を壊してしまい、その過程で、その争いを起こした当の細胞たちも破滅するのは火を見るより明らかです。

これが、つまりガン細胞の生じる「からくり」なのです。

「自分の首を絞める愚かさ」というのは、まさにこのことです!!


私たちはみな、それぞれが、人類という一つの体を成り立たせる一員であり、

私たちの誰一人としても、自分一人では生きられません。

私たちの体のどの一部をとってみても、他の細胞の支えがなくては生きられません。

小さな細胞のそれぞれは、大きな体全体の中で、共に協力し合って、私という存在を支えているのです。

同じように、あなたが人類から孤立して存在するということは、いわば心臓が、体の外に飛び出して、他の動脈、静脈、諸器官と切り離されるようなものです。

これらの諸組織は、全て心臓と一致団結して働くことによって初めて、あなたの生命を維持することが出来るのです。


ウェイン・W・ダイアー


彼は1940年アメリカ生まれ。

心理学者。

マズローの自己実現の心理学をさらに発展させた新個人主義の旗手として、個人の生き方の意識革命を提唱し、世界的に評価されている。


主な著書は

ウエイン・W. ダイアー, 浅岡 夢二, 伊藤 淳
静かな人ほど成功する
ウエイン・W. ダイアー, Wayne W. Dyer, 渡部 昇一
小さな自分で一生を終わるな!―人生に奇跡を起こす生きかた
ウエイン・W. ダイアー, Wayne W. Dyer, 渡部 昇一
「頭のいい人」はシンプルに生きる―「快適生活」の方法


人は生きている間に、肉体的にも精神的にも、いろいろなことで傷つくことがあります。

たとえば、人から侮辱されたり、悔しくて腹が立ち、夜眠れないこともあります。

しかし、その悔しさはいずれ消えていくものです。


また、名誉の失墜ということもありますが、再び成功を収めることによって回復することが可能です。

経済的ダメージも回復は可能です。

この世的なダメージはいろいろありますが、たいていは回復可能なのです。


しかしながら、愛情を裏切られた時のダメージは、なかなか大きいものがあります。

少々の経済的損失を被ったり、会社の地位を失ったりしたとて、

あるいは、人から面と向かって侮辱されたとて、

そのために自殺するところまで思いつめる人は少ないものです。


ところが、夫婦の間で愛情を裏切られたという場合は、自殺に至る事も比較的良くあります。


愛を裏切られるということは、それほどまでにダメージが大きいものなのです。

相手の魂そのもの、奥深いところまで影響を与え、回復できなくさせてしまいます。


そうした現象を見るにつけても、夫婦ががお互いに裏切らないこと約束を守ること誠実であることが、どれほど大切な事かが分かります。


結局、妻ある男性が、夫ある女性が、妻以外夫以外の異性に心を寄せて、

深い関係になるということ自体が問題というよりも、

本来、自分が愛すべき人を、深く傷つけてしまうということが、

何よりも深い罪となるのではないでしょうか。



夫婦




遊ぶように仕事をする境地



夕日1

古代のヒンズー教の聖典「バガヴァッド・ギーダー」の中に、神(クリシュナ)が、彼の弟子(アルユーナ)に次のように教えるくだりがあります。


「愚者は、仕事の成果のみを求めるが、賢者は仕事の成果を私(神)に奉納する」


と。


ここで言わんとしている事は


「仕事に生きがいを見出し、仕事そのものを愛して、それ以外の報酬や評価などの二次的なことは宇宙(神)に委ねよ」


ということです。


愛することを仕事にし、また仕事を愛していると心中深くに自覚することは、

仕事の成果やその仕事によって得られる報酬のみを愛することよりも、

はるかに尊いことではないでしょうか。



ウェイン・W・ダイアー    




私たちは毎日「いのち」をいただいております。

だからこそ、いのちを「いただきます」なんですよね。


azemiti

今日はそんな大切な「いのち」を育み、

多くの方に安全な食生活を送っていただこうと頑張っておられる

新潟のお米農家「こばやし農園 」の小林茂宏氏をご紹介したいと思います。


小林さんは

現在の流通システムではせっかく丹精込めて育ませていただいたいのちが、

どうしてもものとしてとらえがちになる事を危惧しております。
そこで、様々なネットワークを駆使し、「いのち」を直接消費者の方に届けていきたいと頑張っておられます。


「こばやし農園」さんでは、お米ときゅうり、とまと、なす、ブロッコリー、ねぎその他と

作っていないものがないくらいに多品目を栽培しているそうです。

そして今でも、野菜だけですが小林さんのお母様がリヤカーで売りに行っているそうです。


作り方にもこだわりがあり、化学農薬や化学肥料を少なくする為に、

堆肥、くん炭、モミガラ、ロールわら、木酢などの自家製自然資材を有効利用していらっしゃいます。



「あくまでも自然に優しく、安全な作物を、お届けしたい」と言う小林さんの熱意が伝わってまいります。


tukuri


小林さんの丹精込めて作られた農産物をお求めになりたい方は

こばやし農園ネット直売所

までどうぞ!!

自分の持っているもの、

自分自身でないものが優れていると

自慢してはいけない。

もし馬が、

「自分は美しい」

自慢して言うのならまだしも許せるけれど、

あなたが、

「自分は美しい馬を持っている」

と自慢するならば、

そのとき、

あなたは馬が優れていることを誇っているのであって、

この場合、

何があなた自身であると考えているのかが問われる。


エピクトテス



朝顔

「私の父は偉い。大金持ちだ」と誇るのは、何を自慢しているのだろうか。

お父さんが「俺は偉い」というのならまだしも、

「お父さんは偉いということを子が自慢して、果たして何の精神的向上があるのだろうか」と彼は言う。


しかし、私は思う。

他の人を誇ることが出来るのは大切なことだ、と。


他の人のすばらしいところを褒め称え、

自らも彼らのようになりたいと思う気持ちは、

とても尊いものではないだろうか。

彼らを現状の自分のレベルに引き摺り下ろすのではなく、

彼らのレベルに自分を持っていこうとする姿勢こそ、

自分自身を輝かす、もっとも高貴な努力ではないだろうか。


世の中には

われわれの力の及ぶものと及ばないものがある。


われわれの力の及ぶものは

判断だとか努力だとか欲望だとか嫌悪感だとか

一口で言えば

我々自身の意思の生み出すもの全てである。


われわれの力の及ばないものは

我々の肉体だとか財産だとか、名誉だとか地位だとか

我々の意思の力ではどうにもならないもの全てである。


そして、われわれの力の及ぶもの

すなわち意思の範囲のものは

その性質上、自由である。

禁止されることも、妨げられることもない。


ところが、われわれの力の及ばないものは

弱く、従属的で妨害されやすく、他人の手に握られている。


エピクトテス


頭をたれる

世の中のことに腹が立つことがあっても、

そのために憂鬱になるというのではいけません。

自分の力の外にあると初めから見定めていれば、あきらめもつきます。

あるがままに受け取ることを悟り

(「さ・とる」すなわち「さ」は接頭辞で意味を強めるだけ、「とる」は「受け取る」という意味)

と言うのだそうですが

これはある意味では「柳は緑 花は紅」と言う禅の悟りと一脈通じます。


アメリカにもまったくこれと同じようなことをかいた精神科医がいます。

ウエイン・W・ダイアーという人で

その人の本は「タイム」のベストセラーのリストで長く1位を占めた本の一冊になりました。

現在、日本では

ウエイン・W. ダイアー, 浅岡 夢二, 伊藤 淳
静かな人ほど成功する

という本が売れています。




yuugure

「エピクトス」という方をご存知でしょうか?


一世紀ごろ、ユリウス皇帝の時代、

フィリジアのヒエラポリスの身分の低い家に生まれ、

幼少にしてネロ皇帝の護衛者(あるいは被解放者という説もありますが)

エバプロディトスという乱暴な男の奴隷となって、しばしば肉体的に虐待され、

のちに開放された人です。


この主人の虐待の結果、彼の片足は一生不具と成ります。

そして解放された後も極貧の生活で、持っていた物は「腰掛」と「枕」と「ランプ」だけだったと言われています。


そういうわけで、彼はやや年をとってから初めて結婚をしますが、

それも、ある友人の残した子供をよりよく世話し、教育するためであったといわれています。


ある理由からストア哲学者たちを憎んだドミティアヌス皇帝の時代に、

エピクテトスはローマから、次いでイタリアから追放されて、

エピルスのニコポリスに滞在して、(おそらくドミティアヌスの死後)帰国を許されまでここにとどまりました。


また、彼はハドリアヌス皇帝の友人でもあり、さらにマルクス・アウレリウス皇帝の時代まで生存し、

百十歳で死んだという説もありますが、もちろん信じるにたりません。

彼が死んだ時の模様は不明です。


エピクテトス自身は書いたものを残しておりません。

弟子のアリアノス(この人はアレキサンドロス大王の遠征史をかいた歴史家で、ハドリアヌス帝時代のカッパドキアの知事)

が書き残したエピクテトスと弟子との「講話集」とエピクテトスの処世訓の講話の抄録というべき「要訓」が残っているだけです。


この「要訓」から、現代に生きる多くの方にためになる言葉を抜粋し、ご紹介したいと思います。