弘前の中心街土手町を歩くとほとんどがシャッター街です。見たこともないホテルが建っていたり。
タクシーの運転手さんに聞くと、買い物はみんな郊外のショッピングセンターに行くのだそうです。
昔は、土手町を走らせるだけで、いくらでも客を拾えたんだがなあ、とため息をつきながら、「昔の話だな。歳を取ったもんだな」と津軽なまりで答えてくれました。
当時はレコード屋もあって、ガンガンと音楽を流していました。たしか、「なのにあなたは京都にへくの」だったかなあ。そんな悲痛な演歌がその頃の私の気持ちにあっていて、そのレコード屋の前を歩いていた時の自分自身の姿も思い出せるくらいです。(いま、ネットで調べてみたら、チェリッシュなんだそうです。青函トンネルを入っている中でもネットが使えるんだからすごい)
今泉書店という大きな本屋さんと、花邑というこじんまりしているけれど品のいい本屋さんがあったのですが、年配の運転手さんに言うと、「あったなあ、でも、もう20年くらい前になくなった」
日本人が本を読まなくなったのは2000年頃からですから、そうなんでしょうね。
今泉書店の2階に喫茶コーナーがあって、友人とよくそこでコーヒーを飲みました。
かわいい店員さんがいて、僕らは彼女のことを「ポン子ちゃん」と呼んでいました。
我々とは似たような歳だったと思うので、今元気なら「元ポン子ばあちゃん」になっているんだろうな。
下宿のおばさんはいませんでした。2軒隣のお宅を訪ねたら若いご夫婦で、おばさんとはよくお付き合いがあるそうで、元気にしていますよということでした。ブザーを鳴らして声もかけてくれたのですが、やはり返答はありませんでした。
お土産のお菓子を渡してくれるように頼み、奥さんは私の写真を撮ってくれました。
それを見せられたおばさんは、「あら、大澤さん、老けたね」というんだろうな。
もう弘前はこれが最後でしょうから、おばさんともこれでサヨナラです。人生の様々な別れなんてこんなもんです。それがいい。
50数年前の私に会ったら、こんな風に言ってやりたいなあ。
「君が願っていたような華やかな未来はないけれど、君が恐れていたほどの辛い人生でもないよ」