現役の頃には、たぶん、本心では、「生活の糧を得るため」と答えたことでしょう。
現役を退いた今、同じ質問をしたらどうなるのだろうか、と考えてみることがあります。
20年前にインドネシアに出発する前の壮行会で、職場の上司が、「インドネシアで銅像が建つような働きを」と挨拶をしました。その上司は、かなりお年で、田舎者で、かつ時代錯誤一杯の発想をする人だから、そう表現したのでしょうが、要するに、インドネシアの人々の心に深く残るような仕事をしてきなさいということだったのだと思うのですが、その言葉は長く残りました。
2年間の仕事が終わった後に、「ああ、結局そんな仕事はできなかったなあ」と思いました。40年近い職業生活を終えた時も、同じことを思いました。
今、やろうとしていることは、たぶん、その思いに対する、あくなきリベンジなのだと思います。
後藤さんが殺害されたと聞いたときも、そのことを思い出しました。彼の場合は、人々の心に銅像が建つなあと思いました。
銅像なんかいらないから、世界各国向けの翻訳本を作るべきなのではないだろうか。