最初の記憶は、東京から新潟までの汽車が年末のせいかめったやたら混んでいたということです。普通車は入り込むこともできず、グリーン車に押し込まれそこに立ったまま新潟まで行ったのですが、その時たまたま空いていた座席に母子2人が座ったら、車掌がやってきてグリーン車のチケットを買うように強要しました。かなり高額だったので母親はひどく狼狽えていました。それにひどく憤った記憶は結構鮮明です。ただ、車掌に抗議したのか、抗議できなかった自分自身に憤っていたのか、その記憶があいまいです。
次の記憶は、船のタラップから「ロシアの大地」に初めて足を踏み下ろす時に、右足からにしようか左足にしようか、ひどくためらって踏みとどまってしまったということです。結局、どっちの足だったのか記憶に残っていないのですが、そんなことを考えたのはその4年前、1969年の7月にアポロ11号が月面着陸したときに、どちらの足からということが話題になったからです。
何故、ロシアだったのかというと、「ロシアの大地のような生き方をしたい」と。その後40年間のショボイ生き方を考えてみれば、「青春の夢って、ほんとに徒労だなあ」と思います。
赤の広場です。夢を無駄に終わらせそうなたたずまいではあります。今、見てみると。