その中で、「まつろ
わぬ民」を「鬼」とする場合について考えてみました。
「まつろわぬ」とは、どういう事態か?自分に置き換えて考えてみました。
ある日突然、武装した強そうな人たちが、ずかずかと我が家に上がりこんできて占拠したとします。「この家は、今日から我々が住むこととなった。大人しく出ていけ」そう言われて、「承知しました。どうぞ、お好きなように」とは言わないでしょう。祖父母の代からの家です。古いながらも思い出が詰まっています。簡単に無血開城という訳にはいきません。恐らく抵抗をすると思います。その場合、僕は彼らにとって「まつろわぬ者」、つまり鬼でありましょう。でも、僕からしてみれば、まつろわぬでも鬼でもなく、ただ元々ここに住んでいただけの話なのです。
阿蘇神話にも、まつろわぬ者が登場します。
阿蘇開拓の神である健磐龍命(たけいわたつのみこと)にまつろわなかった者とは一体誰でありましょう?
その名は鬼八(きはち)!
つづく
「まつろわぬ」とは、どういう事態か?自分に置き換えて考えてみました。
ある日突然、武装した強そうな人たちが、ずかずかと我が家に上がりこんできて占拠したとします。「この家は、今日から我々が住むこととなった。大人しく出ていけ」そう言われて、「承知しました。どうぞ、お好きなように」とは言わないでしょう。祖父母の代からの家です。古いながらも思い出が詰まっています。簡単に無血開城という訳にはいきません。恐らく抵抗をすると思います。その場合、僕は彼らにとって「まつろわぬ者」、つまり鬼でありましょう。でも、僕からしてみれば、まつろわぬでも鬼でもなく、ただ元々ここに住んでいただけの話なのです。
阿蘇神話にも、まつろわぬ者が登場します。
阿蘇開拓の神である健磐龍命(たけいわたつのみこと)にまつろわなかった者とは一体誰でありましょう?
その名は鬼八(きはち)!
つづく












