四畳半の小部屋で、差しつ差されつ…
「三千世界の鴉(カラス)を殺し、主(ヌシ)と添寝がしてみたい」

と、色香漂うご婦人に言われてみたいもの…


差しつ差されつと聞いて、

そんな妄想しか浮かばぬのは、

悟りの境地にたどれぬ表われなのか。



消防出初式


新年を迎えると、日本各地で消防団の出初式が行われる。

出っ腹でガニ股になってしまったこの私も、

かつては消防団員として活躍したこともあったのだ。


先日、久々に消防の出初式に出席する機会があった。

とは言え、テントを張った来賓席で、

ブルブル震えながら眺めるだけ。

寒風吹きすさぶ青空の下、

きびきびと動く団員の姿が眩しく懐かしかった。


その後、地元消防団の慰労の席にも招いてもらった。


先輩消防団員として、

昔のことを自慢げに披露するのは慎もう…

と誓っていたのに、口から出るのは飾られた昔話ばかり。


きっと出初式で疲れていた団員たちは、

うんざりしながら聞いてくれたに違いない。


そして、思い出したことがある。


消防団に入った年の、

出初式慰労会の席のことだったと思う。


放水点検でビショビショになった制服を洗濯機に放り投げて、

セーター姿で慰労会席に向かった。

どうせ飲むだけの席なんだから…と。


先輩団員から、注意された。

「どんなにビショビショでも、

 それが消防団員の勲章。」

とたしなめられて、ムッとして着替えに帰ったことを覚えている。


しかも、制服に着替えて出席した慰労会の席上。

新人団員だからと、乾杯の後すぐに、

徳利と杯を手に上座の来賓席へと向かった。

持って行った杯を、来賓や先輩団員に渡しては、徳利で酒を注ぐ。

相手に酒を飲ますことが、敬意を表すことだと考えていたからである。


来賓席でひと通り注ぎ終わり、自分の席に戻ると、

別の先輩団員から、注意を受けた。


「杯は、その人の心。

 新人団員が自分の杯を持ち回すもんじゃない。

 来賓や先輩団員からいただく杯は、

 両手で大事にいただき、

 キュッと飲み干したら、

 また両手で大事に返すもんなんだ。

 来賓や先輩から杯をいただけない時は、

 徳利だけ持って行って、

 相手の杯に酒を注ぎ、

 『お流れをちょうだいします』

 と、杯を所望するもんだ。」


入ったばかりの小生意気な消防団員は、

生乾きの制服のズボンに両手を乗せて、

かしこまった格好で頷いていたと思う。


ただ、心の中では呟いていたのだ。

「東映の仁侠映画の世界じゃあるまいし…」

と。


ところが、その後、その杯文化は、

九州や西日本の江戸時代から伝わる文化だったと知った。

少なくとも、松平杵築藩では古くからの仕来たりだったし、

黒田福岡藩や細川肥後藩にも、

同じような杯交換の文化があったと聞いた。


ところで、酒かヨダレかが付いた杯を、

ヒョイと片手でくれたりする輩がいたりする。

ベタベタしていて、ゾーッとしてしまう。

よく見ると、杯の底に食べ物のカスが、

沈んでいたりもする。


また、目の前に飲みかけの杯を、

ずらっと並べたままの人もいる。

言わば、相手の気持ちのこもった酒を、

飲み干さずそのままにしているのである。


そんな不作法なことは、してはならない。


お酒に弱い人や、ハンドルキーパーで、

もともと酒を飲む気がなければ、

「飲めないので…」と、堂々と言えばいい。


それでも、杯文化を愛する者は、

「形だけでも…」と言いながら、

相手に杯を差すだろう。

だけど、カチッと徳利と杯で音を立てて、

注いだふりをするだけ。

酒のない杯を飲んだふりして、

返してくれればいいのだから。


あの、生乾きの制服を着た小生意気な消防団員は、

あの日の先輩団員の辛口の指導に、

今では本当に感謝しているのである。


杯が心だとは言わないが、

杯を交わして酒を飲む。

差しつ差されつ…は、

人と人の心を近づけるのは間違いない。


それゆえ、あの日も…

地域を守る消防団活動に従事する若者たちに、

「昔はねぇ~」と、心こめたと言う杯を差しだしながら、

長々と要らぬ杯文化の講釈を垂れたりしたのである。


ゴメン!