フェイスブックで、懐かしい友達の名前を見つけた。


学生時代の射撃部で一緒だった友達。

横浜生まれ、横浜育ちだった。

田舎から上京した友達が多い中で、

浜っ子と聞くだけで、

都会的センスの持ち主のように思えた奴の名と同姓同名だ。


横浜市在住とだけあるが、生年月日も出身校の情報もない。


大学に入って1、2年は、

朝霞にある射撃場ばかり通っていた。

ほとんど講義なんて受けた覚えがない。

当然、成績は最悪の状態だった。

このままじゃ就職もままならない。


射撃部を退部したのは、2年生の年の暮れだったか。

かまやつひろしの「我が良き友」がラジオから流れていた。

その冬のからっ風は冷たく、

射撃部の友達をみんな無くしたような寂寥感で一杯だった。


以来、彼とは会っていない。


しばらくして、風の噂に聞いた。

当時の、射撃部のアイドルと結婚したというのだ。

彼女は、射撃部の1級下の後輩だった。


当時、超ウブだったQとん青年にとって、

可愛い後輩の女の子から、

「センパイ、センパイ」

と甘い声で慕われるだけで、天にも昇る喜び…だった。

可愛いなと、遠くから眺めるだけで、

硬派を気取って、女など意識しないふりをしていたものだった。


彼女の家は、常磐線の都内からすぐの駅前で商売をしていた。


愛嬌のいい肝っ玉母さんのような母上と、

東映の仁侠映画に出てきそうな父上。

一度だけ家に行った時、気安く迎えてくれたのを覚えている。


「クラブの先輩?

 まあ、一杯いけや。」


ちょっと茨城訛りのあるドスの効いた声だった。

昼下がりから、父上にロックのウィスキーを勧められて、

恋の進展をあきらめたことを思い出す。


当時は、女性の手も握ることができない、

純情ウブな青年だったのである。


それなのに…

あのアイドル後輩を嫁さんにもらった…と羨ましく聞いた。


それが、彼と音信が途切れた原因の一つだったかもしれない。


フェイスブックのタイムラインで見る写真は、

昨年の暮れのクリスマスイブの風景である。

サンタさんが、コンビニのプレゼントを届けている。

玄関先で、家族揃った微笑ましい写真。


ん?

かなりテッペンが薄くなっている。

何せ、40年以上、会っていないし顔写真も見ていない。

まったくの別人のようにもある。

人違いかもしれない。


アイツなんだろうか…?

腕組みをして、色っぽい流し眼で写真を撮るポーズは、

あの射撃部時代とまったく変わっていない。


じゃ、あのアイドルだった後輩の女の子は…?


もしや?

クリスマスプレゼントを手にしてはしゃいでいる孫と、

優しそうな嫁さんのうしろで、目を細めて喜んでいるこの人…?

すっかり優しいおばあちゃん。

あの甘い声の、かわいい後輩の面影なんて、微塵もない。


射撃部のアイドル…

あれは、40年以上の月日が創った偶像だったのか。


彼に友達リクエストをして、メッセージも添えた。


「もし人違いでしたら、失礼なメッセージをお許しください… 

 …ところで、奥さまもお元気ですか?…」



懐かしい名前に遭遇して、

あの射撃部時代を懐かしく思い出している。

アイツであることを期待している。


そして人違いであることも、少しだけ期待しているのである。

あの甘酸っぱい偶像が崩れぬように…