むずむず足症候群と低力価オピオイド
現在、正式にむずむず足症候群(レストレスレッグス症候群)への適応が認められた薬物は3剤ある。
①ビ・シフロール
②レグナイト
③ニュープロパッチ
この中で、①ビ・シフロールと③ニュープロパッチは、パーキンソン症候群にも適応を持つ「ドパミンアゴニスト」にカテゴリーされる薬物である。ニュープロパッチは初めて出てきたが、パッチ製剤である。
②レグナイトは過去ログにも紹介しているように、ガバペン(新規抗てんかん薬)のプロドラッグである。従って、これは上記2剤とタイプが異なる。
むずむず足に効果を持つが、正式に適応が認められていない薬は、リボトリール、トラムセット、トラマールなどであろう。リボトリールはベンゾジアゼピン系抗てんかん薬、トラムセットとトラマールは、低力価オピオイドである。
リボトリールは昔はこれくらいしか効く薬がなかったので、適応外で処方されやすいと思われるが、トラムセットとトラマールは比較的近年の発売なので試みられにくい薬だと思われる。
ある時、難治性のうつ病の女性患者さんを治療していた。確実に効果があると思われるのは、アナフラニールの点滴のみで、他はあまりうまくいかない。アナフラニールも1日2アンプルが必要で、1アンプルでは抗不安、抗うつ作用、いずれも力不足なのである。従って、今後、何らか工夫が必要と思われた。
彼女は既に完治しているが、過去にてんかんで治療歴があり、その点でブプロピオンは相当に使いにくい。一方、SSRIやサインバルタはそれほど使いにくくはないが、うちに来院するまでの治療経過では、全くと言って良いほど効果的ではなかった。
うつは、感覚的には抗てんかん薬と抗うつ剤でなんとか治療したところであった。しかし、トピナはほとんど効果がないように見えたし、ラミクタールは多少は良い程度である。
彼女は、悪化すると浸入記憶から来るパニック様の混乱があり、その際にはセルシンを10mg筋注するとやっと効く。しかし持続性はそこまで良くない。トロペロンとアキネトンの筋注では効果は遥かに高いが、この方法だと、むずむず足を悪化させてしまうのである。だから、セルシンのみでなんとか対処することにした。
平凡に考えると、ドパミンアゴニストが有効な疾患に、トロペロンのようにドパミンを遮断するような薬は有効どころか悪化させる確率が遥かに高い。
一般に、むずむず足症候群は、特定の原因が明らかでない特発性(一次性)と他の疾患や薬物に起因する二次性に大別されているが、80%は特発性といわれる(つまり80%は原因不明)。
日常臨床では、抗精神病薬を服用していたとしても統合失調症の人には稀で、そうでない患者さんの方が有病率が高い印象である。パーキンソン症候群などに合併しやすいことを考えるに、ドパミンニューロンの機能障害ではあるが、方角が逆なのではないかと思っている。
彼女によると、むずむず足はうちの病院に来院するずっと以前からあり、それが重い不眠の原因になっていた。
驚いたのは、リボトリールを2mgも投与しているのに、むずむず足がさほど改善しないこと。自分の患者さんでは、リボトリールは0.5mgだけ処方することが多く、2mg処方することは結構稀である。このように抗てんかん薬の高用量で効果が乏しいのは、過去にてんかんの治療履歴があるからかもしれない。
そこで、同じ抗てんかん薬のガバペンを試みることにした。ガバペンは、一応、アメリカにおけるむずむず足症候群の薬物治療の大きな柱である。(薬物治療の3つの柱は、ドパミンアゴニスト、低力価オピオイド、ガバペンチン)。
また、ガバペンは何がしか抗うつや気分安定化に好影響を及ぼす可能性があると思っていた。
しかし、ガバペンは困ったことに中毒疹が生じたのである。ガバペンで中毒疹が出たような人には、もちろんレグナイトは処方できない。
なぜドパミンアゴニストを使わないかと言うと、意識消失の副作用を持ち、彼女の場合、もしこのタイプの副作用が出た場合、相当にショックであろうことと、また、これらを使っていると車が運転できないからである。
大都会に比べて、中都会や小都会では車が運転できないことの生活への影響は甚大である。実際、車が使えないと生活が相当に不便になるし、就職にも支障が生じる。このようなことを考えると、東京は特殊な地域といえる。
そこで、もうこれしかないと思ったので、トラムセットを2錠だけ処方することにした。
結果だが、むずむず足に劇的に効いたのである。あれほど難渋していたむずむず足症候群が魔法のように消えてしまった。
ところがである。僕は彼女にいかなる理由でトラムセットを処方していたか、忘れてしまっていたのである。
というのは、医師からすれば「むずむず足症候群」は枝葉末節の些細な症状だから(過去ログでは治療で消えなかった人を診たことないと記載している)。あの「うつ状態」を何とかする方が遥かに重要というのが全てで、そのことしか頭になかった。
しかし・・
入院患者なのに、しかも毎日診ていて忘れるなんて、この人はいったい大丈夫なのでしょうか?
トラムセットは1週間で飲みきり中止してしまった。トラムセットを中止後、速やかにむずむず足が再発したと彼女から報告があった。(再発までの時間は丸1日くらい)トラムセットを再開すると、再び1日以内に症状は消失。
結局だが、主治医がボケていたため、トラムセットが確実に効いていることが証明されたのである。
患者さんが多すぎて、誰にどのような理由で処方しているのか、よくわからなくなることがある。そういう時は、カルテの本文を見るより、定期・臨時処方を眺めていた方が、その意図が読めるというのが、なお悲しい。
その人の状況にもよるが、トラムセットないしトラマールは、むずむず足症候群に有効な薬物である。
参考
レグナイト
テーマ:線維筋痛症、慢性疲労症候群、疼痛性障害
アナフラニール点滴マニュアル
①ビ・シフロール
②レグナイト
③ニュープロパッチ
この中で、①ビ・シフロールと③ニュープロパッチは、パーキンソン症候群にも適応を持つ「ドパミンアゴニスト」にカテゴリーされる薬物である。ニュープロパッチは初めて出てきたが、パッチ製剤である。
②レグナイトは過去ログにも紹介しているように、ガバペン(新規抗てんかん薬)のプロドラッグである。従って、これは上記2剤とタイプが異なる。
むずむず足に効果を持つが、正式に適応が認められていない薬は、リボトリール、トラムセット、トラマールなどであろう。リボトリールはベンゾジアゼピン系抗てんかん薬、トラムセットとトラマールは、低力価オピオイドである。
リボトリールは昔はこれくらいしか効く薬がなかったので、適応外で処方されやすいと思われるが、トラムセットとトラマールは比較的近年の発売なので試みられにくい薬だと思われる。
ある時、難治性のうつ病の女性患者さんを治療していた。確実に効果があると思われるのは、アナフラニールの点滴のみで、他はあまりうまくいかない。アナフラニールも1日2アンプルが必要で、1アンプルでは抗不安、抗うつ作用、いずれも力不足なのである。従って、今後、何らか工夫が必要と思われた。
彼女は既に完治しているが、過去にてんかんで治療歴があり、その点でブプロピオンは相当に使いにくい。一方、SSRIやサインバルタはそれほど使いにくくはないが、うちに来院するまでの治療経過では、全くと言って良いほど効果的ではなかった。
うつは、感覚的には抗てんかん薬と抗うつ剤でなんとか治療したところであった。しかし、トピナはほとんど効果がないように見えたし、ラミクタールは多少は良い程度である。
彼女は、悪化すると浸入記憶から来るパニック様の混乱があり、その際にはセルシンを10mg筋注するとやっと効く。しかし持続性はそこまで良くない。トロペロンとアキネトンの筋注では効果は遥かに高いが、この方法だと、むずむず足を悪化させてしまうのである。だから、セルシンのみでなんとか対処することにした。
平凡に考えると、ドパミンアゴニストが有効な疾患に、トロペロンのようにドパミンを遮断するような薬は有効どころか悪化させる確率が遥かに高い。
一般に、むずむず足症候群は、特定の原因が明らかでない特発性(一次性)と他の疾患や薬物に起因する二次性に大別されているが、80%は特発性といわれる(つまり80%は原因不明)。
日常臨床では、抗精神病薬を服用していたとしても統合失調症の人には稀で、そうでない患者さんの方が有病率が高い印象である。パーキンソン症候群などに合併しやすいことを考えるに、ドパミンニューロンの機能障害ではあるが、方角が逆なのではないかと思っている。
彼女によると、むずむず足はうちの病院に来院するずっと以前からあり、それが重い不眠の原因になっていた。
驚いたのは、リボトリールを2mgも投与しているのに、むずむず足がさほど改善しないこと。自分の患者さんでは、リボトリールは0.5mgだけ処方することが多く、2mg処方することは結構稀である。このように抗てんかん薬の高用量で効果が乏しいのは、過去にてんかんの治療履歴があるからかもしれない。
そこで、同じ抗てんかん薬のガバペンを試みることにした。ガバペンは、一応、アメリカにおけるむずむず足症候群の薬物治療の大きな柱である。(薬物治療の3つの柱は、ドパミンアゴニスト、低力価オピオイド、ガバペンチン)。
また、ガバペンは何がしか抗うつや気分安定化に好影響を及ぼす可能性があると思っていた。
しかし、ガバペンは困ったことに中毒疹が生じたのである。ガバペンで中毒疹が出たような人には、もちろんレグナイトは処方できない。
なぜドパミンアゴニストを使わないかと言うと、意識消失の副作用を持ち、彼女の場合、もしこのタイプの副作用が出た場合、相当にショックであろうことと、また、これらを使っていると車が運転できないからである。
大都会に比べて、中都会や小都会では車が運転できないことの生活への影響は甚大である。実際、車が使えないと生活が相当に不便になるし、就職にも支障が生じる。このようなことを考えると、東京は特殊な地域といえる。
そこで、もうこれしかないと思ったので、トラムセットを2錠だけ処方することにした。
結果だが、むずむず足に劇的に効いたのである。あれほど難渋していたむずむず足症候群が魔法のように消えてしまった。
ところがである。僕は彼女にいかなる理由でトラムセットを処方していたか、忘れてしまっていたのである。
というのは、医師からすれば「むずむず足症候群」は枝葉末節の些細な症状だから(過去ログでは治療で消えなかった人を診たことないと記載している)。あの「うつ状態」を何とかする方が遥かに重要というのが全てで、そのことしか頭になかった。
しかし・・
入院患者なのに、しかも毎日診ていて忘れるなんて、この人はいったい大丈夫なのでしょうか?
トラムセットは1週間で飲みきり中止してしまった。トラムセットを中止後、速やかにむずむず足が再発したと彼女から報告があった。(再発までの時間は丸1日くらい)トラムセットを再開すると、再び1日以内に症状は消失。
結局だが、主治医がボケていたため、トラムセットが確実に効いていることが証明されたのである。
患者さんが多すぎて、誰にどのような理由で処方しているのか、よくわからなくなることがある。そういう時は、カルテの本文を見るより、定期・臨時処方を眺めていた方が、その意図が読めるというのが、なお悲しい。
その人の状況にもよるが、トラムセットないしトラマールは、むずむず足症候群に有効な薬物である。
参考
レグナイト
テーマ:線維筋痛症、慢性疲労症候群、疼痛性障害
アナフラニール点滴マニュアル