ハロマンスとコーヒー | kyupinの日記 気が向けば更新

ハロマンスとコーヒー

ある時、統合失調症の患者さんが絞扼性イレウスを起こし救急病院に入院した。

その際、緊急手術が必要になり、腸管を1mだったか2mだったか忘れたが切除している。とにかく、急性の重大な危機は乗り越えたのである。

一般に抗精神病薬は麻痺性イレウスとの関係が深いが、絞扼性イレウスは腹腔内の器質性由来のものから来ることが多いので、あまり関係がない。

彼女も、潜在的にそのようなリスクがあることなど、全然わからなかったのである。

彼女は若くはないものの、高齢とはいえない年代で、古いタイプの抗精神病薬を使っていた。セレネースとハロマンス(ネオペリドール)である。自宅で問題なく生活できているので、これをリスクを取ってまで変更する意義はほとんどない。(実際に精神科業界でも、そう推奨されている)

ハロマンスとセレネースであれば、ハロマンスに統一すればよいと思うかもしれない。ところが量的にそうもいかなかったのである。その理由は、ハロマンスを200mg筋注していたからである。

ハロマンスは50mgと100mgのアンプルがあるが、4週でハロマンス30mgが、日々セレネース2mg服薬していることに相当する。だから、1ヶ月に100mg筋注することは、セレネース6mg服用していることとほぼ同じである。

また、ハロマンスは厳密には1ヶ月効果が続かず、25日くらいで効果が衰える。しかし、一般には外来では週単位で来院されるので、28日目に筋注すれば問題がないことが多い。ハロマンスの良い点は、同じ相当量のセレネースを内服するより副作用が少ないことである。

彼女は200mg筋注していたので、12~13mgのセレネースを服用しているのと同じといえた。更に内服でセレネースを1.5mg服用していたのである。

ということは、彼女はセレネースを1日14mg程度常時服用していることに近い。これはコントミン換算で700mg服用しているのと同じであるが、セレネースに限れば添付文書上の最高量を超えているといえる。

この1日コントミン換算700mgは、一般的な慢性の統合失調症の患者さんの治療では、そう多くない量である。

セレネースはその力価に比べ、なぜか低く上限を設定している。6mg上限の適宜増減の12mgまで。これはなんと力価が倍のリスパダールと同じである。

実際、セレネースを15mg処方していると時にレセプトで査定されることがある。しかし審査する医師もこれはちょっとおかしいのはわかっていることや、セレネースが極めて安価な薬物なのもあり、レセプトにコメントを書いておけば問題ない。

ハロマンスに関しては、レセプト審査の医師が精神科医でないことも多く、上記の換算がよくわからないためか、うちの県では査定されない。ハロマンスは、今となっては持続性抗精神病薬にしては安価なこともある。

これは当然のことだが、精神病の治療は、お金をかければかけるほど良くなるとまでは言えない。

彼女はのべ20年くらい入院歴があり、しかも劇的にこのシンプルな処方で回復した病歴を持つ。

彼女によると、役場に行っても銀行に行っても、全く精神科患者さんとは気付かれないらしい。実際、彼女が障害年金を受けていることで不審がられたこともあったという。(個人的に、役場の職員が、そういう態度を見せたとしたら良くないと思う。)

彼女が、絞扼イレウスを起こし腸管切除して以降、いくつかの不思議な出来事が起こった。

まず退院後、いわゆるハネムーン期と言うべきか、非常に抗精神病薬に弱い時期が続いた。その期間は、なんとセレネース1.5mgだけでよかったのである。それも3ヶ月以上。

しかし、このクラスの人が、この程度の薬で良い状態が永遠に続くわけがない。彼女は数十年治療を続けていて、あの病状なのである。

数ヵ月後、どうも病状が悪化しつつあり、放置できない状況だったので、ハロマンスを100mg筋注を開始している。その結果、セレネース換算で、ほぼ1日7~8mgになった。

ハロマンスは以前と比べ、どうも100mgだけで良いようで、つまり、「腸管切除」及び「死にかねない身体侵襲」以降、これで均衡が取れるようになったのである。

彼女はあの手術以後、抗精神病薬の忍容性が変化したといえた。

それ以降も、色々な変化が起こっている。例えばコーヒーの飲用量の激減である。彼女は元々タバコは吸わないため、このコーヒーの飲用量の変化は、ハロマンスの減量とは無関係ではないように見える。

その理由だが、コーヒーの中のカフェインは抗精神病薬の副作用を緩和する作用を持つからである。コーヒーについてはカフェイン以外にも、同じようなヒーリングハーブ様のはっきりしない効果があるのかもしれない。

仔細に過去ログを読むと、彼女のこの経過は十分に理解できると思う。これは偶然そうなったのではなく、十分に考えられる臨床経過である。

なお、彼女は救急病院に搬送される当日、休日なのに、僕がわざわざ紹介状を書くために病院まで来てくれたことに、とても感謝している。あの日、彼女にしては尋常ではない腹痛を訴えていた。彼女はもう10年以上診ていたこともあり、普段と様子が全く異なるのが、看護師の報告からもすぐにわかったからである。

重い精神病患者さんの場合、身体の訴えがしばしば軽視されて、重大な内科、外科疾患の治療のタイミングを逸することがある。

参考
頭部外傷と統合失調症
研修医時代の夏休み
精神疾患における非日常の考え方(12)