初めて電撃療法をした日 | kyupinの日記 気が向けば更新

初めて電撃療法をした日

僕は、24歳の6月か7月頃、生まれて初めて電撃療法をした。まだ医師免許が来たばかりだったと思う。アルバイト先で電撃療法をするように命じられた。一応、始める前にその病院長から説明を受けた。「こういう風に機械を持って、こんな風にすれば良いから」という簡単な説明だった。手技は難しいとは思わなかった。電撃療法自体は誰にだってできる。

患者さんは、19歳くらいの女性患者で、ぐったりしており全然話もできないような状態であった。今から考えると、統合失調症の緊張病性昏迷だったと思われる。まだ鮮やかに記憶に残っている。大柄の男性看護師さんがいて、婦長さんが急にやってきて、何人か他の看護師も呼ばれ一緒に見て置くように言われた。これは、僕への配慮であった。電撃療法をすると、その直前の記憶が残らないことが多い。ほぼ100%に近い確率で残らないので、どんな体験であったか、後で本人は想起できない。だから、電撃療法の瞬間は痛みもない。

しかし、何かされたかもしれないくらいはわかることがある。だから、女性を若い男性医師が1人で電撃療法をした場合、特に統合失調症では、あの時レイプされたのではないかと直感することがある。運が悪いと、その後、ストーカー行為に悩まされたりする(この話はちょっと眉唾物だ)。だから病院長が気にして、なるだけたくさんの人をその場に立ち合わせたのであった。

どのくらいの範囲の健忘が残るかは個人差がある。人によれば、なぜここにいるのかすらわからない人もいる。僕はクリニックから紹介されてくる人の何人かに電撃療法を行ったが、20%くらいの人は、目覚めた時、なぜ、この病院にいるのか理解できなかった。

そういうこともあり、実施する前に家族と本人に健忘が出現することを説明しておく。そう言っておかないと、酷い後遺症が出たのではないかと誤解されるからだ。健忘(傾向)はやがて回復するが、その日の電撃療法時の記憶は戻らない。僕は、同日に会社に行く人には、その日のスケジュールをきちんとメモして置くように薦めている。また明日とか明後日の重要な用件はあらかじめメモしておくようにも伝えている。普通、処置室に入ってから電撃療法の直前までを忘れていることが多い。実施前にどのような説明を受けたかまでも思い出せない人がいる。だから、家族にも説明が必要で、同伴していない場合は実施できない。その朝のことが思い出せない人は健忘が酷い方に入る。

健忘がそれほどではない人は、その日の午後くらいから仕事に行ってもらっていた。僕の患者さんで、経理の仕事を午後からしていた人もいる。全身麻酔下の電撃療法(m-ECT)では、こんな風に簡単にはいかない。麻酔をかけた場合、その日は生産的なことはできない。

その日に仕事ができるかは、古典的な電撃療法の場合、電撃療法の身体面と精神面のダメージの大きさによる。電撃療法は、脳と身体にダメージを与えることにより、効果をもたらしていることに他ならない。いわば毒をもって毒を制すといった感じだ。逆に言えば、ダメージが少ない場合、効果がやや弱い傾向がある。ショック療法はそういうメカニズムなのである。

ごく稀に、ほとんど健忘が生じない人もいる。

電撃療法の電極をこめかみに当てるまで想起できた人が僕の場合、過去に2人いる。1人は僕の友人(女性)であった。その2人はもうその治療はしたくないと言った。これはさすがに理解できる。まして、その友人の場合、効果もなかったのである。もう1人の女性は有効だった。実施以後は以前よりコントロールが易しくなった。けいれんが終わり、まもなく目を醒まして「先生、今、冷たいのを頭に当てたでしょ」とか言われてしまうので、僕ももうこんな人たちにはしたくはない。むこうも嫌だろうが、僕も気色悪い。

さて最初の話に戻るが、その若い患者さんは電撃療法で次第に昏迷が改善した。一般に若い緊張型の患者さんで、このように電撃療法が適応になる人は予後良好といえた。それでも、現在20歳だったら予後は全く違ったものになっただろう。今だったら、あのような女性患者でさえ、僕はなるだけ電撃療法は避ける(ジプレキサザイディスやリスパダール液を処方するだろう)。

旧来の電撃療法の際に、若い人が死亡するとしたらけいれん後の嘔吐による「窒息」である。これを避ける理由で絶飲食を徹底するため前日から保護室に入室させる。前日の夕食後から絶食して、朝一番で施行すると窒息はありえない。僕は当時、保護室でしか電撃療法をしたことがなかった。(もちろん他患者に見られないようにする目的もある)

この日の僕の感想だけど、通電した直後から激しい全身けいれんが起こった時はちょっと異様な光景だと思った。僕はその日まで、ビデオでしか生のけいれん発作をみたことがなかったからである。

参考
電撃療法と統合失調症
カッコーの巣の上で
去年の患者さん
外来の電撃療法(その2)