こんにちは、心と身体が楽になる親子コーチング 
近藤きょうこです。

 TODAY'S
 
本当は、誰もが自分で道を選べる。
だけど、それができないのは…?

 

 

誰もが、

 

自分の意志で決めることは

 

自分を幸せにするために大事なことって

 

思っているんじゃないかと思います。

 

 

でもさ。

 

・世間体が気になる。

・誰かが嫌の思いをするんじゃないか。

・こんなこと言ったら、嫌われるんじゃないか。

 

そんな思いがあって、

 

自分の決めた行動をとる、自分の気持ちを伝えることを

 

躊躇したり、

 

怖かったり

 

できなかったり

 

することってありますよね。

 

 

本当は、

 

こうしたい!

 

でも、怖いからその選択は選べないんじゃないか。

 

すると、自分の中で葛藤が生まれますよね。

 

 

 

●今日は、自己決定がなんで、苦しいのか。

なんで葛藤するのかというお話です。


「世間体・人の目」というのは、

 

あなたが居た集団・コミュニティーの中で生まれるものなんです。

 

本当はね、実体がないもの。

 

「常識」「当たり前」は、

 

集団内・コミュニティー内でできた

 

大まかなルール。

 

もちろん、集団によってその常識や当たり前は

 

違ってくるし、

 

必ずしもルールが一個ではないのね。

 

でね、集団内やコミュニティ内にいるときは

 

そのみんなと一緒に居ると

 

心地よかったはず。

 

そのルールを守っていると、

 

攻撃されないし、一体感(連帯感)が得られたり。

 

メリットがあったはずなんだよ。

 

 

●最初に所属する集団は「家族」


特に生まれて何のルールも持たない赤ちゃんが

 

最初に所属するコミュニティは「家族」

親の影響は大きい。

 

ママさんの子育て相談をしていて、

 

「(お子さんが)〇〇をすることはいけないことだと思うんです」

とおっしゃる内容を深く聞いていくと、

 

「誰かが言っている気がします」

 

その誰かって誰?

 

「母親・父親」

 

というお答えが多い。

 

自分が親からダメと言われたものは、ダメと思いつつ、

 

このくらいはOKなんじゃないか、とどこかでは思って

 

もやもやするんです。

 

 

 

たとえば、「前日準備をしない」

 

それは当たり前、やるべきこと。

 

やらないという選択肢は私には与えられなかった。

 

だから、子どもも「前日準備をするのは当たり前」だし

 

「それを子どもにさせることができない自分は、

 

母親・父親から『(親として)ダメ』と言われるんじゃないか。」と、

 

そんな風に感じる。

 

親の力は大きいものですね。

 

●次に、出会う集団は学校など。「同世代集団」


今度は同世代集団です。

今まで親という大人の中だったのが、

 

同世代でかつ、みんな未熟な子ども集団。

 

みんなが、我が強かったり

 

融通が利かなかったり、

 

空気を読まなかったり、

 

うまく立ち回るのにはどの子も

 

相当心を砕いたんじゃないかと思います。

(一見、上手な子であってもね)

 

いろんな家族でのルールがそこでぶつかりますよね。

 

女の子だから、かわいい洋服やピンクの洋服しかなかったけれど

 

そうじゃないご家庭もある訳で、

 

親の価値観が家族のルールになって居ることも

 

多いので、価値観自体はどれも良いや悪いでは

 

無いのだけれど、家庭内ルールに結びついているものだから

 

逸脱するとダメって思い込んでる。

 

そこで、いろんな価値観にもまれることは

 

子どもにとっても成長ではあるんだけど

 

子どもからすると、混乱するよね。

 

 

その時にできてくるのが「人の目」」

 

嫌われるんじゃないか。

攻撃されるんじゃないか。

 

みんなと同じにしなきゃ、

目立たないようにしなきゃ・・・

 

そうしながら、自分のこうしたい!が

 

すこしずつ言えなくなるよね。

 

●学校の先生・社会人として・大人として


保育園・幼稚園・学校は

 

同世代のほかに先生という

 

絶対的権力をもった大人が統制を図ります。

(家でも親や大人が)

 

 

先生の価値観(先生の立場からの教育)

 

次第に、学級会などでも

 

子ども自身の意見を求められたり、

 

自己の決定がより要求されます。

 

 

 

 

子ども達の中では、

 

本当はこうしたい!
(休み時間をもっと長くしたい。校則問題など)

 

多数の意見があったとしても、

 

先生・学校・大人の枠から逸脱することができない苦しさを味わいます。

大人になったらこうするべきという

 

モデルが出来上がってきます。

 

 

 

本当は、違う価値観だったり

 

違うコミュニティがあったり

 

違う意見があった時

 

どうしたら良いかって教わってこなかったんだよね。

 

「一緒が良いよ」

「外れない方がい正解だよ」ってだけだったから。

 

 

その「人が〇〇っていうかも」

「ダメって言われそう」はね。

 

妄想。

 

でも、もし本当にそう言われたとしても

 

その自分の選択した理由だったり

 

誰かに言われたり、失敗したりするとき責任を取ったり

 

そこも選択・決定にはエネルギーが必要ではあるよね。

 

いきなり、人の目が気にならないって魔法はなくって。

 

ちょっとずつの作業にはなると思うんです。

 

そこに向かう時も、何度も選択と決定が必要だから。

 

 

今日の自己決定がなんで、苦しいのか。
なんで葛藤するのか。の答えは…

 

エネルギーや覚悟や責任を請け負うことが必要だから。

 

そこを請け負う覚悟がある人は、

 

いつの日か、必ず人の目も気にしないあなたになれると

 

私、思うんだ!

 

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