大乗山経王寺Offcial Blog
この度経王寺の公式ブログをリニューアルオープンしました。
心機一転、どうぞよろしくお願いします。


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  • 14Aug
    • 【住職出演】日蓮宗PV「進め!サンシャインボーイ」

      経王寺住職 互井観章が日蓮宗のPV「進め!サンシャインボーイ」に出演しております!また、楽曲の作詞も担当いたしました。明日に向かって元気の出る楽曲です。是非、ご覧ください!ほっと、一息。ホットな、お寺。お大黒さまを祀る日蓮宗のお寺大乗山 経王寺DAIJOZAN KYOOUJI水子供養、ペット供養、開運厄除、商売繁盛等のご祈祷ほか、お話会や1日修行、コンサートなどのイベントや行事にも力をいれており、力強い御朱印も人気です。www.kyoouji.gr.jp

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  • 12Aug
    • 平成30年 リラックスヨガ 秋~冬

      9月から12月のヨガの日程が決まりました!一人ひとりの体験のプロセスを尊重する、静穏さ拡がるお寺の空間での教室です。リラックスヨガでは、ポーズの完成形を目指すことよりも、ポーズを通して自己観察を深め、今のあるがままの自分に寄り添う姿勢を育みます。そして、内側から起きてくることに「良い悪い」と判断する心を手放し、いつも一緒にいる身体へ親しむことを大切にしています。そうした取組みから生じてくる本来の自分の想いや願いに気づくことで、より日々の暮らしが豊かになるかもしれません。身体に教えてもらい、身体から学んでいきます。◯日時9月22日(土)・29日(土)10月20日(土)・27日(土)11月17日(土)・24日(土)12月15日(土)・22日(土)◯時間17時・19時の2回◯料金2000円◯持ち物・ヨガができる動きやすい服・水(水分補給の為)※着替えるお部屋あります。※ヨガマットはご用意があります。(無料)◯定員10人※少人数制なのでご予約ください。◯申込先石垣麻衣子TEL 090-9006-0344E-mail maikokomaiko719@yahoo.co.jp◯お問合せ経王寺TEL 03-3341-1314ほっと、一息。ホットな、お寺。お大黒さまを祀る日蓮宗のお寺大乗山 経王寺DAIJOZAN KYOOUJI水子供養、ペット供養、開運厄除、商売繁盛等のご祈祷ほか、お話会や1日修行、コンサートなどのイベントや行事にも力をいれており、力強い御朱印も人気です。www.kyoouji.gr.jp

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  • 11Aug
    • 菩薩さまがやって来た

      一昨日の仏像でナイトでは平安前期の仏像の話をしました。偶然にもこの日に合わせたかのように、お寺に新しい仏像が来ました。京都 宝菩提院願徳寺 菩薩半跏像(伝如意輪観音)さまです。フィギュアとはいえ、平安前期の特徴であるお衣のひだなんか最高にすばらしい出来栄えでほれぼれとします。ますます京都に行きたくなってしまうハピネス観章でした。ハピネス観章ほっと、一息。ホットな、お寺。お大黒さまを祀る日蓮宗のお寺大乗山 経王寺DAIJOZAN KYOOUJI水子供養、ペット供養、開運厄除、商売繁盛等のご祈祷ほか、お話会や1日修行、コンサートなどのイベントや行事にも力をいれており、力強い御朱印も人気です。www.kyoouji.gr.jp

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  • 06Aug
    • 平成30年 写経の時間

      写経の時間経王寺では9月から写経の時間を始めます!毎日おつかれさまですいろんなことがあっていろんな人がいて笑ったり泣いたり、憎んだりあぁ、疲れたなって思ったら写経です心静かに集中する時間を持ちましょうリフレッシュには最適!明日を元気に生きるエナジー修行です時間内であれば何時に来ても、帰っても自由です一回で完成しなくても構いませんあなただけの静かな時間を楽しんで下さい◯2018年度開催日9月8日(土)、15日(土)10月6日(土)、27日(土)11月10日(土)、24日(土)12月8日(土)、15日(土)◯時間午後2時から5時まで◯場所経王寺 本堂◯会費写経のみの方は500円納経をご希望の方は1000円参加ご希望の方は当日経王寺にお越しいただき玄関にて写経にいらした旨お伝えください。ご案内いたします。また椅子席、正座席をお選びいただけますのでお気軽にご参加ください。※開催日以外や、友人、会社などのグループでの写経も受け付けます。ご相談下さい。

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  • 01Aug
    • 平成30年 法話日和 後期

      Bukkyoトークショウ法話日和法話には生きるヒントがある。お釈迦様の教えは私たちの生きる道しるべ。でも難しいと思っている人もきっと多いと思います。そんな仏教を楽しく優しく解き明かすのがこの法話会です。ほっこりのんびり法話を聞いてみてください。秋のテーマ「苦しい人生からの脱出方法~オシャカさまの弟子達から学ぶ~」2018年9月15日(土)   真面目すぎるシャリホツ「どうしたら静かな心を得られるのか」10月6日(土)   超能力者モクレン「どうしたら人を救えるのか」11月10日(土)   殺人鬼アングリマーラ「どうしたら罪を消すことができるのか」12月8日(土)   イケメンすぎるアナン「どうしたら悟れるのか」◯語り人互井観章1960年生まれ。経王寺住職。「法話テラピスト」として今日は東へ、明日は西へと全国を飛び回るイノベータ―。直筆で書く御朱印はネットでも話題。◯時間18時~20時※時間が変更になりました。◯参加費1000円※会場はイス席です。予約の必要はありません。◯場所経王寺 本堂

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  • 10Jul
    • 新宿山ノ手七福神めぐり

      七福神めぐりは、元旦から七日までの間に、七福神を安置してある寺社を巡拝して開運を祈る行事です。江戸時代は文化・文政年間(1804~29)の頃から盛んになり、各地に七福神めぐりの巡拝路が創設されました。 「新宿山ノ手七福神めぐり」の巡拝路は、年代ははっきりしませんが、昭和中期に入ってから創設されました。新宿区内の山手地区をめぐるもので、全長約八キロメートルのコースです。 経王寺は「大黒天」に指定されました。 この「新宿山ノ手七福神」の寺社では、各寺社が、彩色した七福神像と箱型の宝船を、参詣者に授与しています。 七か所の寺社をめぐって、各寺社のそれぞれの趣に触れながら、七福神像を集めるのも正月ならではの楽しみでしょう。なお経王寺の「開運・大黒天像」は、昭和六十年(1985)七月五日に、新宿区有形文化財に指定されています。爆笑七福神めぐりマップは、こちら 新宿山ノ手七福神 公式サイトはこちら http://www.shinjuku7fukujin.net/

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    • 甲子祭の日程

      平成30年 秘仏開運火防大黒天御開帳秘仏開運火防大黒天御開帳山ノ手七福神のひとつ。 室町時代の日法上人の作で、慶長3年(1598)に甲斐国身延山より移されたと伝えられています。 高さ12センチの木造立像で、大黒頭巾をかぶり小槌と大袋を持ち、台座にのる通規の様式ですが、 江戸時代のものと異なり、微笑面ではなく厳しい表情をしてます。 度重なる火災にも焼け残ったことから、「火防せ大黒」として崇敬されています。御開帳日2月1日(木)4月2日(月)6月1日(金)7月31日(火)9月29日(土)11月28日(水)御開帳時間午前8時から午後4時までご祈祷時間9:00、10:00、11:00、13:30、14:30、15:30特別祈願(開眼その他)のご祈祷は、上記の時間以外に行いますので、ご希望の方は、あらかじめご連絡頂けますよう、お願い申し上げます。※2月1日と6月1日は午後のご祈祷がございません。ご注意ください。甲子(きのえね)祭とは、年に6回、60日ごと(暦の中にある甲子の日)に行われる大黒さまのお祭りのことです。 「きのえ」は「木の兄」、「ね」は植物では「子(実または種)」、動物では「鼠」があてはめられて考えられます。 仏教における大黒天は大国に通じるところから大国主命(おおくにぬしのみこと)と解され、大国主命が鼠に救われた神話により、甲子日を縁日とするに至りました。 甲子の日には、沢山のお供物をお供えし、香を焚き、お経をあげてお大黒さまを供養いたします。 経王寺では『開運火防大黒天』を特別にご開帳し法要を営みます。 古来より「大黒さまに香花などをお供えして厚く信仰すれば、大黒さまはその誠意を汲んで、その者に富や禄を与え、降りかかる厄を払うであろう」と言い伝えられて来ました。甲子の日には、大黒さまをご供養するとともに、皆様の諸々の願いを大黒さまにご祈願いたします。 ご自分のお大黒さまをお持ちの方は、『開運火防大黒天』のご宝前に安置してご祈祷いたしますので、甲子祭ごとにご持参ください。 ご祈祷をご希望なされる方は、当日受付にて所定の申し込み用紙にご記入の上、お申し込みください。 参拝の方には、『開運火防大黒天』のお札を授与いたします。同時開催!大黒市江戸時代、甲子の日には「市」がたったそうです。 この古事にちなみ、経王寺ではNGOの協力のもと平成の新しい市、開運招福「大黒市」を開きます。 皆さまのお越しをお待ちしています。開催時間午前9時から午後4時まで (売り切れ次第終了となります)協力アーユス仏教国際協力ネットワーク・JVC日本国際ボランティアセンター・(有)みのる養豚

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    • 甲子祭

      甲子祭(こうしさい)とは、年6回、60日ごと(暦の中にある甲子の日)に行われる大黒さまのお祭りのことです。甲子の日には、沢山のお供物をお供えし、香を焚き、お経をあげてお大黒さまを供養いたします。経王寺でも甲子の日には『開運火伏大黒天』を、特別にご開帳し法要を営みます。 古来より「大黒さまに香花などをお供えして厚く信仰すれば、大黒さまはその誠意を汲んで、その者に富や禄を 与え、降りかかる厄を払うであろう」と言い伝えられてきました。甲子の日には、大黒さまをご供養するとともに、皆様の諸々の願いを大黒さまにご祈願いたします。 ご自分のお大黒さまをお持ちの方は、『開運火伏大黒天』のご宝前に安置してご祈祷いたしますので、甲子祭ごとにご持参ください。 ご祈祷をご希望なされる方は、当日受付にて所定の申し込み用紙にご記入の上、お申し込みください。参拝の方には、『開運火伏大黒天』のお札を授与いたします。詳しい日程はこちらをご覧ください。

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    • 秘仏・開運大黒天像

      古記録によって、開山・尊重院日静(そんじゅういんにちじょう)上人 が、日蓮聖人の高弟である中老僧・日法(にっぽう)上人作の大黒天立像(丈5寸・約15センチ)を、甲斐国(山梨県)身延山久遠寺(みのぶさんくおんじ) から江戸(東京)に移し、経王寺に安置したことがわかります。この大黒天像は、のちのちたびかさなる火災から焼失を免れたため「火伏(ひぶ)せの大黒天」 とあがめられ、庶民の信仰を集めることになります。 大黒天像を彫造した日法上人は、日蓮聖人の本弟子である六老僧(六上足、六長老)に準ずる直弟子で、十二中老僧(または十八中老僧)の筆頭に挙げられた高僧です。中老僧は、日蓮聖人の葬列に列し、身延山の西谷御廟(ごびょう)の守塔輪番を務めた直弟子たちで、そののち諸国に分散して、日蓮宗の教化伝導(きょうけでんどう)に深く尽力しました。また、日法上人は、すぐれた建築師、仏師としても知られています。 元禄年中(1688~1703)、庶民の生活は一応安定し、物見遊山を兼ねた寺社詣でが盛んになります。十大祖師巡拝や鬼子母神巡拝、名尊巡拝などの巡拝路が設けられたのも、この頃のことです。 経王寺の「開運・大黒天」が世に知られだしたのも、この時期のことと思われます。 享保十年(1725)二月十四日、青山久保町から出火した火災によって、経王寺も類焼しています。この災禍によって、経王寺が所蔵していた過去を物語る諸書類が、残らず灰燼と帰してしまいました。ただし諸堂宇はただちに再建され、かろうじて火難を逃れた大黒天像をはじめとする諸尊像は無事に安置されたようです。 文政十二年(1829)になると、「開運・大黒天」を安置する大黒堂は、たいへんな賑わいをみせました。とくに「甲子日(かつしのひ)」の大黒天開帳の日には、一層の賑わいにつつまれました。 甲子日は六十日に一度めぐってくる縁日で、「きのえねの日」とも呼ばれています。きのえは木の兄(え)、ねは植物では子(ね)(実または種)、動物では鼠があてはめられて考えられます。仏教における大黒天は大国に通じるところから大国主命(おおくにぬしのみこと)と解され、大国主命が鼠に救われた神話により、甲子日を縁日とするに至りました。 甲子日は一年に六回あるので六甲子といい、中国の陰陽道(おんようどう)の信仰から、十一月と一月の甲子日が最も重んじられてきました。経王寺の大黒天祭も、年六回の甲子日に行われています。 大黒天は、インドでは魔訶迦羅天(まかからてん)と呼ばれ、仏法を守護し飯食を豊富にするとされましたが、日本では食厨の神として伝来し、大国主命と習合して福神と考えられるようになり、深く民間信仰に浸透していきました。 写真 江戸時代の時勢地理、人事家宅、生業通貨をはじめ、社会上下の状態、方言俚語(りご)など、きわめて精細な観察を記した書物である『守貞漫稿』には、「毎月甲子の日は、大黒天を祭る。三都とも二股大根を供す。また江戸にては、七種菓子とて、七種七銭のそか(そか)を供す」とあります。また、江戸年中行事を記した書物の白眉といわれる『東都歳事記』にも「今日俗家にも此(この)神を祭り、二また大根・小豆飯・黒豆等を供す」とあり、大黒天信仰が深く庶民に浸透していたことを物語っています。 安政二年(1855)のこの年は、経王寺では七月十九日から五十日間にわたって、大黒天の大開帳が行われています。それに先立ち三月と七月には、経王寺十八世・止静院日保(しじょういんにっぽ)上人の手によって、『開運大黒天神略縁起』が再訂されました。 なお経王寺の「開運・大黒天」は、昭和六十年(1985)七月五日に、新宿区有形文化財に指定されています。経王寺では、年六回の甲子日には「大黒天祭」が催され、毎年多くの方々で賑わいをみせています。

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    • 経王寺の歴史

      慶長三年(1598)に当時は武蔵国豊島郡(むさしのくにとしまごおり)市ヶ谷田町と呼ばれていたところ(現・新宿区市谷田町)に、尊重院日静上人(そんじゅういんにちじょうしょうにん)という僧によって開創されました。 江戸時代も元禄年中(1688~1703)に入ると、物見遊山を兼ねた寺社詣でが盛んになります。 経王寺の開運大黒天が世に知られだしたのも、この頃です。経王寺は檀信徒とともに寺門を守り続けました。 つづく享保十年(1725)には青山久保町からの出火で経王寺は類焼し、所蔵諸書の悉くが灰燼と帰してしまいましたが、諸堂宇は直ちに再建され、火難を逃れた大黒天像をはじめ諸尊像は無事に安置されました。日静上人については、越中国(えっちゅうのくに)(富山県)または甲斐国(かいのくに)(山梨県)の人で、寛永七年(1630)七月十七日に示寂(じじゃく)したことのほか、一切が不詳です。ただ、日蓮聖人の高弟である中老僧(ちゅうろうそう)・日法(にっぽう)上人作の大黒天像を身延山(みのぶさん)から江戸に移し、経王寺に安置したことは古記録に明らかです。 明暦三年(1657)に江戸の大半を焼き尽くした明暦の大火(振袖火事)がきっかけとなって、寛文五年(1665)頃から、江戸城を火災から護るための外濠の開削、見附の普請が着工されました。 このため、寛文八年(1668)に経王寺境内地は「御堀御用地」となり、市ヶ谷川田久保町に移転しています。享保十四年(1729)には、堂舎、諸尊の再建、改修が為されています。 天保七年(1836)、雑司が谷鼠山(やねずみやま)(現・目白台一帯)二万八千余坪の地に、豪壮な長耀山感應寺(ちょうようざんかんのうじ)が建立されました。時の十一代将軍・徳川家斉の還暦祝賀のための造立でしたが、天保十二年(1841)に「天保の改革」の一環として、この大寺は政治的に廃寺と決まり、いわゆる「感應寺廃寺事件」が起こりました。 市ヶ谷田町に住み、熱心な日蓮宗信者であった畳職人・小嶋太兵衛は、この廃寺事件に悲憤し、永年にわたって寺社奉行にその再建を訴えつづけました。しかしその訴えは取りあげられず、ついに文久三年(1863)一月二十五日に、太兵衛は菩提寺(ぼだいじ)である経王寺において、愛用の畳包丁で割腹自害して果てました。太兵衛の壮烈な死は衝撃を起こし、幕末の混乱期にあった寺社奉行は感應寺の再建を許し、筑土・感應寺が再建されましたが、この寺もほどなく潰寺となってしまいました。慶応四年(1868)、江戸幕府が崩壊し、明治新政府が樹立すると、神仏分離令が発令され、全国に廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)運動が広まります。多くの寺院や仏像、仏具が破壊され、廃寺や無住となる寺院が続出しました。 しかし、この困難な時期も、経王寺は檀信徒とともに寺門を守り続けました。明治十年(1877)四月十二日に、経王寺はまたまた回禄の厄に遭い、諸堂宇はすべて灰燼と帰してしまいました。しかし幸い、大黒天像をはじめとする諸尊像は難を逃れています。 その後、経王寺は歴代住職と壇徒家の尽力によって、罹災の打撃から立ち直り、大正・昭和の時代を経て、現在も檀信徒と共に生きるお寺として新たな歴史を歩んでいます。

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