小淵沢の赤ちょうちん | 八ヶ岳 随筆 亀盲帖

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曲草閑人のブログ

 八ヶ岳山麓にある小淵沢町は、八ヶ岳観光の起点となる場所。JR小淵沢駅は昔は本当に田舎の掘立小屋のような小さな駅だったが、この辺りで唯一、『特急あずさ』が停車する駅だった。その掘立小屋のような旧駅舎は「駅の開業当初からの建物」という記録が残る、木造平屋建ての情緒溢れる素晴らしいノスタルジックな駅だった。しかし、観光に力を入れたいが為、特急列車が停まるこの駅を現代的なデザインの新築にしようと、2017年に展望ルームを備えた2階建ての新駅舎が建てられた。その新駅舎は、何の魅力も無く、すっかり情緒を失った。まったくバカなことをしたものである。

 

 駅前の通りもすっかり綺麗に整備され、おそらく昔は賑やかでゴチャゴチャと華やかな駅前商店街だったろうに、今は閑散として、普通の住宅が並んでいるような有様。そんな中で一本の裏路地だけが、昔そのままの姿で残っている。その裏路地に、駅周辺の唯一の居酒屋が有る。「松葉」というその店は、絵に描いたような赤ちょうちんの、お気に入りのお店だ。

 

 

 この「松葉」は老夫婦が二人だけでやっている、所謂おしどり居酒屋。いつ行っても大将と女将さんは喧嘩をしている。大将は大声で女将さんを怒鳴り、女将さんはそれにまったく動じずに言い返す。喧嘩が尽きる事は無い。しかし二人ともお客さんの方を見るときは、必ず満面の笑顔を浮かべるのだ。まったくもって面白く、まるで昭和のテレビドラマを見ている様に楽しい。

 

 我々夫婦は、基本的に家呑みで、滅多に外呑みはしない。そもそも歩ける距離に呑める店が無いのだ。車で呑みに行くわけにもいかず、お店で呑もうという場合は、エッチラオッチラ店まで歩く。この「松葉」も歩くと30分はかかる距離なので、暫く来ていなかった。

 

 この日、我々夫婦の29回目の結婚記念日だった。久しぶりに外で呑もうか、という話で盛り上がり、2、3店の候補を上げたが、結局「松葉」に行こうという事に決まった。

 

 

 

 カウンターに座り、生ビールでカンパイ! この店の料理は、酒呑みには絶妙の味付けで、どれもこれも美味しい。そして、相変わらずカウンターの中では大将と女将さんが元気いっぱいに喧嘩をしている。もう、嬉しくなってしまう。この夜の後半、大将はすっかり我々夫婦の前に居座ってくれて、散々お喋りをしてくれた。おかげさまで、いっぱい喋って、腹いっぱい食べて、しっかり酔って、ゴキゲンな結婚記念日となった。

 

 

 

 

 小淵沢の町も、あちこちで開発が進み、次々と建物が建ち、年々景色が変わって行く。「松葉」のご夫婦はいつまでもお元気で、この路地だけはこのままずっと変わってほしくないと、つくづく思った。