八ヶ岳 随筆 亀盲帖

八ヶ岳 随筆 亀盲帖

曲草閑人のブログ

 夏真っ盛り。全国的に異常な猛暑で、あちこちゲリラ雷雨で打ちのめされているということは、毎日のようにニュースで流れる。八ヶ岳の我が家は、標高1000メートル近い場所に位置し、しかも森の中なので、家の周りにはアスファルトも無ければエアコンの室外機も無く、都会に比べれば涼しい。

 

 だが、この高原の気候も、年々変化しており、年を追うごとに夏の暑さが増している。20年前は、真夏の午後でも普通に活動が出来、日陰に入れば涼しささえ感じた。しかし今現在、昼日中に外で動けば、熱中症になるほどの暑さだ。高原の爽やかさは失われている。

 

 あまりの天気の良さに、ついつい浮かれて外出した。近くに出来たオート・キャンプを覗きに行ってみた。しかし、キャンプ場も猛暑の中で、避暑のつもりで来ているであろう客たちは可哀そうに思える。停めてあった車に戻れば、中は熱釜の如き熱さとなっている。

 

<近くに出来たオート・キャンプ>

 

 

<暑さの中でも、ポニーはのんびり草を食む>

 

 嘗て小淵沢町の集落では、クーラーのある家は一軒も無かった。しかし、今は軒並みクーラーを設置していると聞く。幸い、森の中の我が家では、真昼間は暑いには暑いが、クーラーが必要とまでは思わない。今のところ扇風機で十分だ。

 

 う~ん、でも、やっぱり暑い。でもクーラーほどではない。そこで思いついたのが風鈴であった。移住した時、前から持っていた江戸ガラスの風鈴を軒下に吊るしていた。しかし、たびたび吹き荒れる八ヶ岳颪の猛烈な風で、いつの間にか木っ端みじんに砕け散っていた。

 

 風鈴がチリンチリンと鳴れば、気分的に涼しさを感じるだろう。よし、風鈴を買いに行こう。ガラスの風鈴はすぐに割れてしまうことがわかっているので、欲しいのは南部鉄の風鈴だ。ガラスの風鈴は見た目は涼し気だけど、音は武骨な見た目の南部鉄の風鈴の方が遥かにイイ。

 

 あちこち見て回ったのだが、思うようなものが中々見つからなかった。このへんもいつものクセで、何でも良いというワケにはいかないのが、難点である自分の性格なのだ。

 

 そして、ついに見つけた。古い南部鉄の風鈴。コレなら良さそうだ。お店でその音を聞かせてもらう。

チリ~~~~~ン・・・ うん、カワイくてイイ音だ。しかも長く余韻を引くのがたまらない。よし、決定。購入して、さっそく我が家の軒下に吊るす。

 

<我が家の子になった古い風鈴>

 

<見た目は武骨だが>

 

 そよ風が吹くと、涼し気な音を鳴らしてくれる。風が強くて鳴り続けてもちっとも気にならない。さらに八ヶ岳颪の猛烈な風が吹いてもなんのその。

 

<良い音を鳴らしてくれる>

 

 クーラーの代わりに設置された風鈴。

クラーなら何万円もするだろうが、この風鈴は1000円程度。

これで十分涼しい気分になれた。大満足だ。

 

 風鈴の音に涼を感じながら過ごしていたら、そこへ郵送物が届いた。

我が師である野呂先生より、暑中見舞いを兼ねたお中元?

 

 

 中に同封されていたのは、数々の「ムー」グッズ。

100均で見つけたので送ってやるという、ありがたきお心づかい。

 

 やさしい風鈴の音色の中、ムーを見ながら冷えたスイカをかじる。

 

 絵にかいたような夏休みの完成である。

 

 

 先月、5月25日、サックスの巨人、ソニー・ロリンズが死去した。95歳。

今更、ロリンズの説明もないと思うが、やはりジャズに興味が無い人は知らないだろう。

 

 1930年、アメリカ、ニューヨーク生まれのテナー・サックス奏者。

モダン・ジャズの巨匠と言われ、所謂ビバップの創始者の一人でもある。

 

 訃報を聞いた時、さほどビックリしなかった。95歳だもんね。逆に、短命が多い伝説のジャズマンの中にあって、その御長寿にビックリという感じ。ただ、自分が多大なる影響を受け、自分史の青春の1ページに刻まれた偉大なアーティストが、また一人この世から去ってしまったのだなあという思いだった。

 

 自分のジャズへの入口が、正にこのソニー・ロリンズだった。

アルバム「サキソフォン・コロッサス」の中の一曲目『セント・トーマス』。

この曲が、高校生だった自分をジャズの世界に誘い入れてくれたのだ。

 

<高校時代、初めて買ったジャズのレコード。

ソニー・ロリンズ「サキソフォン・コロッサス」>

 

 『セント・トーマス』からロリンズを知り、ジャズにハマって行ったのには、以下の様な経緯があった。

 

 中学生からプログレッシヴ・ロックにハマっており、キングクリムゾンだピンクフロイドだELPだイエスだジェネシスだと、小遣いの許す限り、レコードを買い漁っていた。中でも一番好きだったのがELP(エマーソン・レイク&パーマー)だった。ELPのアルバムは全部揃えていた。ただ、中学生の友達でそれを理解してくれる人は皆無だった。

 

 高校生になり、同じ音楽の嗜好を持つ友達が何人も出来た。その中に特に詳しい先輩が居て、いろいろ教わった。

或る日、その先輩が自宅に遊びに来て、一緒にレコードを聴いていた。その時かけていたのがELPの「恐怖の頭脳改革」というアルバムだった。曲が進み、アルバムの中の最高傑作といわれる『悪の経典 作品9 第二印象』という曲が流れていた時、途中の間奏部分で、先輩が急に「あ!このフレーズ、ロリンズだ!セント・トーマスだ!」と言ったのだ。

 

<ELPの名盤「恐怖の頭脳改革」>

 

 「??? 何、何? それ何? なんの事?」と尋ねると、「今の部分のワン・フレーズはジャズのソニー・ロリンズの有名な曲の一部だ。オマエもそろそろジャズに入るべきだな。ロリンズはお薦めだぞ。まずはさっきのフレーズの元の曲が入った、サキソフォン・コロッサスというアルバムを聴いたらどうだ」

 

 そう言われて、後日さっそくレコード屋に走り、「サキソフォン・コロッサス」を買った。生まれて初めて買ったジャズのレコードだ。針を落とすと、1曲目の『セント・トーマス』が始まる。テーマとなる導入部分のフレーズが、正に『悪の経典 作品9 第二印象』の途中に出てくる、あのフレーズだった。

 

<高校時代に買ったこのアルバムは、今でも大事に聴いている>

 

 ちょっと感動してしまった。そして、アルバム「サキソフォン・コロッサス」を聴きまくった。やがて、そのアルバムの参加メンバーである、トミー・フラナガン(P)やマックス・ローチ(Ds)、ダグ・ワトキンス(B)にも興味が湧いてきた。もちろんロリンズの他のアルバムも入手した。そしてどんどん枝葉が広がり、どっぷりジャズの世界にのめり込んで行くのであった。

 

<自分の、ソニー・ロリンズ コレクション>

 

 結果として後年、自分でジャズ・バーを経営するまでに至る。店では常にジャズの名盤といわれるレコードをかけていた。とは言っても、知ったかぶりの理屈っぽい薀蓄垂れの「ジャズ・マニア」になったわけではなく、ただ単純にジャズが好きというだけ。だから、相変わらずロックもポップスも、クラッシクもブルースも民俗音楽も、幅広く聴いていたのだが。

 

 今でも、バーボンを舐めながら、よくジャズのレコードをかける。ソニー・ロリンズが入口となって、ジャズを知ってから既に47年。様々なジャズを聴いてきたが、一周回っても二周回っても、今だに最後はロリンズの「サキソフォン・コロッサス」に戻って来る。どんなにジャズを深く聴き込んでも、どんなにマニアックなものを知っても、やはり「サキソフォン・コロッサス」はジャズ史に残る最高の名盤の一枚に変わりはない。

 

 そんな、ソニー・ロリンズの訃報に、10代の若き自分の、刺激的だった日々が、まざまざと甦って来た。

 

 

 偉大なるジャズのレジェンド、ソニー・ロリンズ。心からご冥福をお祈りいたします。

 

 

 

 

 

 期待というものは、大きければ大きいほど、ハズレた時のダメージが大きい。

それは当たり前の事なのだが、わかっていてもつい期待してしまい、後でガッカリするという事になる。

 

 先日、かなりガッカリする事が有った。

 

 町役場に行った時、たまたま映画のチラシを手に入れた。

その映画のタイトルは『鹿の国』。

 

 

 インパクトのある写真のチラシだったので目に付いた。

何の映画だろうとチラシを読むと、諏訪大社を中心とする「諏訪信仰」と、その重要な神事である「御室神事」を軸に、「ミシャグチ神」や「大祝(おおほうり)」、「おこうさま」などに迫るドキュメンタリー映画だというではないか。

 

 自分は八ヶ岳に移住してからというもの、謎に満ち溢れた「諏訪信仰」に興味を持ち、フィールド・ワークを続け、自分なりの説を立てつつある。つまり、自分の興味の対象のドンピシャな映画なのだ。

 フィールド・ワークをしても、まだまだ解明できない謎が多々あり、もしかしたらこの映画が何らかのヒントを与えてくれるかも知れない。

 

 これは、絶対に観に行かなくては!

 

 映画は、所謂ミニ・シアター系で、普通の映画館での上映ではなく、公民館的な施設で、一日だけ上映される。

当日会場に直接行けばいいらしいのだが、限られた席数なので、事前予約で席を確保する方が安心だ。

 

 で、前売りを買う前に、映画の前情報を得ようと、公式ホームページなどを調べてみた。

すると、映画の概要とともに、何枚かのスクリーン・ショットが出て来た。

 

 

 

 

 

 

 上にあげた5枚がそのスクリーン・ショット。

おお!これはすごい!期待できそうだ、とさっそく前売りを購入したのだった。

 

 そして、当日。ワクワクしながら、須玉町にある「ふれあい館」という農村総合交流施設に向かう。

はじめて来たこの施設は、実に立派なものだった。

 

 

 事前に買った前売りのスマホを提示して、入場する。

ホールも立派で、公民館のイメージとはかなり異なり、モダンな施設だった。

 

 

 約90分の映画を観終った。

 

 感想・・・・・

 

 ガッカリ度MAX。

 

 なんじゃコリャ。

 

 確かに「諏訪信仰」をモチーフにしてはいるが、その表面をうす~く撫でるだけの、まったく無意味な映画だった。

深く切り込むところは何処にもなく、「御室神事」を再現したというものの、その真髄にはまったく迫っていない。

「ミシャグチ神」も「大祝」も「おこうさま」についても、何の探究もない。

その、あまりにも、薄っぺらな内容に、驚愕したものである。単なる観光案内とさして違いは無い。

 

 まったくもって、ビックリで、視終って会場を出るときには呆然としていた。

一緒に行ったよーこも、「なんともならない映画だったねえ~」と正直な感想を漏らした。

二人揃って、映画に対する期待が大きかっただけに、お互いの顔に失望が溢れている。

 

 ネットの事前の情報では、

「これほど心が騒ぐのか?」

「ドキュメンタリー映画として異例の大ヒット!」

「見れないものを見たい!」

「メガヒット!」

などの、褒め言葉が並んでいたのだが・・・・・。

 

・・・・・期待ハズレが甚だしい。

みんなー!だまされるなー!!

 

 「諏訪信仰」は興味の尽きない謎に満ちたネタの宝庫なのに、なぜこんなつまらん映画が出来たのか。

 それこそが謎である。