三カ月に一回のペースで病院に通っている。持病の再発防止のための検査受診みたいなもので、特別な治療を受けるわけではない。主治医の先生が「おかわりありませんかあ~?」と聞いて来て、こちらが「おかげさまで~」と答え、聴診器をあてられるだけ。そしてお会計を済ませ、薬をだしてもらって終了。これだけのことが2時間以上かかるのである。しかも、しっかり受診時間の予約をして来ているのにだ。病院ってのはどこへ行っても多かれ少なかれ待たされるもんなんだろう。
何度か書いているが、自分が通う病院は、ジブリ・アニメ『風立ちぬ』でヒロインが結核治療の為に入院していた病院。原作である堀辰雄の小説『風立ちぬ』のヒロインのモデルの女性が実際に入院していた病院だ。戦前は結核治療専門のサナトリウムだった。現在はとても綺麗で大きな総合病院で、常に受診患者でごった返している。それ故、予約しているにも関わらず非常に待たされることになるのだ。かつて、自分が生まれて初めて「入院」という経験をしたのも、この病院だった。
この日は比較的はやく診療が終わり、後はお会計と薬が出来てくるのを人だらけの待合で待っていた。そこで、目に付いた一枚の張り紙。「カフェテリア ぞうさん OPEN!」「エレベーターで5階にお上がり下さい→」そして、メニュー。日替わりランチ¥700、カレー¥550、カツカレー¥750、ハンバーグ¥800、きつねうどん¥450、かき揚げ蕎麦¥450、カツ丼¥750、親子丼¥750・・・
へ~、食堂が出来たのかあ。今まで、売店はあったけど食堂は無かったもんなあ。立派な病院にしては不思議だなあと思ってたけど、やっと出来たんだねえ。などと思いながら、何気に眺めていたメニューの一品に目が留まる。「カツ丼¥750」。時間を見ればお昼の12時を少し回ったところ。ランチ・タイムだ。普段の休みの日は昼食は摂らないのが普通なのだが、この張り紙の「カツ丼¥750」がメチャクチャ気になりだした。
カツ丼は天丼と並ぶ、外食の二大巨塔だと思っている。どちらも大好きだが、よーこは天丼、自分はカツ丼という場合が多い。街中の評判の良い店の場合、その美味しさに期待するのだが、地方へ旅に出た時は、違う意味での期待をする。つまりカツ丼は田舎の旅の気分を盛り上げてくれる重要アイテムでもあると思っているのだ。
以前にも書いたが、京都や奈良の山寺などに古美術見学でよく行ったのだが、その参道に食堂が有ると入ってみる。そしてメニューにカツ丼が有れば必ず注文したものだ。そういった鄙びた観光地で出てくるカツ丼は見事なものだ。いつ炊いたのかわからないチンしたゴハンはフチのほうの粒が乾いていたり、玉子でとじられた揚げ冷ましのカツは中がまだ冷たかったり、ドライフルーツかと思うような干からびたグリンピースが4,5つぶ乗っていたりと、その値段の割に驚くほどのいい加減さ、クオリティーの低さに、嗚呼~、自分は今、田舎の寂れた観光地に居るのだなあ~、と旅の旅情を掻き立てられ嬉しくなってくるのだ。
今、この病院に新設された「カフェテリアぞうさん」のカツ丼はどんなもんだろう。¥750という値段が微妙で、美味しい方なのか、それとも旅の旅情を掻き立てる方なのか。どちらにせよ何事も経験だと、期待をせずに5階へ上がってみた。
エレベーターを降りると目の前に看板。
あ、あそこが入口だな。
ぞうさんの絵がカワイイじゃないの。
ああ、こういう感じか。喫茶店だね。
入口すぐの所に券売機があった。迷うことなくカツ丼¥750をポチ。食券を一番奥のカウンターに出す。セルフサービスで、オーダーが出来上がるまで、席で待つ。暫くして「〇〇番、カツ丼のお客様~」と呼ばれて受け取りに。さて、どんなんじゃろ。
う~ん・・・。小鉢はおろか、お味噌汁もお漬物も付いていないのね。
この病院に入院したことがあったのだが、今目の前のカツ丼の見た目は、まるでその時の病院食のようだ。白い磁器の器じゃなくて、せめて丼は丼らしい丼にしてほしかったなあ。カフェテリアと名付けた以上、カフェっぽい器にしたかったのだろうか。
で、そのお味は・・・。うん、まあ、可も不可もなく、普通と言えばいいのかな。すごい美味しい!こりゃ当たりだー!ということはなく、かといって旅情を掻き立てるような、なんじゃあコリャ!という酷さもなく。まあ、普通に美味しく食べれた。つまり何のインパクトも無いというのが正直なところ。強いて言うならば、見た目の病院食感が印象的と言おうか。さて、この¥750が高価いのか安価いのか微妙だなあ。妥当という値段だろうか。でも、何だか物足りなさが残る気分であった。
こんなもんか、仕方ないね、何事も経験だよな、と思いながら病院を出て帰路に着く。家路を走っていて急に目に黄色い風景が飛び込んできた。わー、綺麗じゃないか、と車を路肩に寄せて止めた。
行く道では気付かなかったのだが、ヒマワリ畑である。小ぶりのヒマワリだが、それが一面に咲いている。人工的に植えたというよりも、自然に生えているようにも見える。わー、夏なんだな~、と実感。
暫し咲き誇るヒマワリに見惚れて立っていた。一面のヒマワリを見つめていると、まるでステレオグラムを見ているように不思議な感覚になるものだ。これは面白い。無心になって眺めていると、あのカツ丼の微妙さにモヤモヤしていた気分が、払拭されていく。ここでいい事を思いついた。
そうだ、あのちょっと物足りない感じだったカツ丼は、このヒマワリとのセット価格で¥750と思えばいいのだ。
そう考えると、随分お得なセットということになるじゃないか。そうしよう、そういうことにしておこう。
本日のお薦め! 「カツ丼ヒマワリセット」 ¥750
なんだか嬉しくなってきた。
何事も、ものは考えようでなのある。満足、満足。