八ヶ岳 随筆 亀盲帖 -2ページ目

八ヶ岳 随筆 亀盲帖

曲草閑人のブログ

 気付けば、はや11月。今年も残すところ2カ月を切った。毎年毎年この時期になると同じような感想を述べているが、一年が早すぎると思わないか。

 

 そんな相変わらずの矢の如くの一年だが、今年の夏過ぎから我が家はちょっとした騒ぎになった。念願の薪ストーブを入れることになり、大掛かりな工事が始まったのだ。工事が無事終了して、立派な薪ストーブが入った後も、工事のわいわいガチャガチャな雰囲気に触発され、なんだか楽しくなってしまい、DIYで家中の彼方此方をなぶりはじめてしまった。そのガチャガチャは現在でも継続中だ。

 

 我が家の事で手いっぱいになり、休みの度にあれを作ったりこれを作ったり、あっちをなぶりこっちをなぶりで、ほとんどの時間を費やし、お出かけをすることが少なかった。気付けば秋も終わろうとしていたのだ。

 

 今年は紅葉を見に行くヒマもなかったなあ、と思いつつ、去年見た家のすぐ近くの紅葉は今が見頃だという事に気付いた。せっかくだから、ちょっくら行ってみようか。ということで出かけてみた。と言っても、車で5分の距離なのだが。

 

 

 今年は異常気象が世界中で騒がれているのだが、ここの紅葉にもその影響が出ているのかも知れない。いつものように赤くないのだ。

 

 

 もちろん、紅葉していて、それなりに綺麗ではあるが、例年の様に全体が真っ赤にならず、まだ緑の葉も沢山残っているにも関わらず、落葉してしまっている。

 

 

 全体的に黄色と茶色の葉が目立ち、いつもの燃えるような赤が少ない。紅葉の美しさは気温の寒暖差に左右されると聞くが、そういう理由だけではないような気がしなくもない。

 

 

 なんか、今年はおかしいねえ、と二人で呟く。

 

 

 ほとんどお出かけをせず、今年の他の場所の紅葉がどんな具合だったかは知らない。ただ、ここは、明らかに例年とは違った。ガッカリしたというより薄ら寒い気分である。今後世界はどうなって行くのだろうという思いが、杞憂に過ぎなければ良いのだが。

 

 そうこうしているうちに、八ヶ岳には冬が確実に近づいている。とりあえず、我が家には薪ストーブがある。今年の冬は、何の心配も無い、我が家という小さな世界の中で、平和で静かなる退屈を噛み締めたい。

 

 

 三カ月に一回のペースで病院に通っている。持病の再発防止のための検査受診みたいなもので、特別な治療を受けるわけではない。主治医の先生が「おかわりありませんかあ~?」と聞いて来て、こちらが「おかげさまで~」と答え、聴診器をあてられるだけ。そしてお会計を済ませ、薬をだしてもらって終了。これだけのことが2時間以上かかるのである。しかも、しっかり受診時間の予約をして来ているのにだ。病院ってのはどこへ行っても多かれ少なかれ待たされるもんなんだろう。

 

 何度か書いているが、自分が通う病院は、ジブリ・アニメ『風立ちぬ』でヒロインが結核治療の為に入院していた病院。原作である堀辰雄の小説『風立ちぬ』のヒロインのモデルの女性が実際に入院していた病院だ。戦前は結核治療専門のサナトリウムだった。現在はとても綺麗で大きな総合病院で、常に受診患者でごった返している。それ故、予約しているにも関わらず非常に待たされることになるのだ。かつて、自分が生まれて初めて「入院」という経験をしたのも、この病院だった。

 

 この日は比較的はやく診療が終わり、後はお会計と薬が出来てくるのを人だらけの待合で待っていた。そこで、目に付いた一枚の張り紙。「カフェテリア ぞうさん OPEN!」「エレベーターで5階にお上がり下さい→」そして、メニュー。日替わりランチ¥700、カレー¥550、カツカレー¥750、ハンバーグ¥800、きつねうどん¥450、かき揚げ蕎麦¥450、カツ丼¥750、親子丼¥750・・・

 

 へ~、食堂が出来たのかあ。今まで、売店はあったけど食堂は無かったもんなあ。立派な病院にしては不思議だなあと思ってたけど、やっと出来たんだねえ。などと思いながら、何気に眺めていたメニューの一品に目が留まる。「カツ丼¥750」。時間を見ればお昼の12時を少し回ったところ。ランチ・タイムだ。普段の休みの日は昼食は摂らないのが普通なのだが、この張り紙の「カツ丼¥750」がメチャクチャ気になりだした。

 

 カツ丼は天丼と並ぶ、外食の二大巨塔だと思っている。どちらも大好きだが、よーこは天丼、自分はカツ丼という場合が多い。街中の評判の良い店の場合、その美味しさに期待するのだが、地方へ旅に出た時は、違う意味での期待をする。つまりカツ丼は田舎の旅の気分を盛り上げてくれる重要アイテムでもあると思っているのだ。

 

 以前にも書いたが、京都や奈良の山寺などに古美術見学でよく行ったのだが、その参道に食堂が有ると入ってみる。そしてメニューにカツ丼が有れば必ず注文したものだ。そういった鄙びた観光地で出てくるカツ丼は見事なものだ。いつ炊いたのかわからないチンしたゴハンはフチのほうの粒が乾いていたり、玉子でとじられた揚げ冷ましのカツは中がまだ冷たかったり、ドライフルーツかと思うような干からびたグリンピースが4,5つぶ乗っていたりと、その値段の割に驚くほどのいい加減さ、クオリティーの低さに、嗚呼~、自分は今、田舎の寂れた観光地に居るのだなあ~、と旅の旅情を掻き立てられ嬉しくなってくるのだ。

 

 今、この病院に新設された「カフェテリアぞうさん」のカツ丼はどんなもんだろう。¥750という値段が微妙で、美味しい方なのか、それとも旅の旅情を掻き立てる方なのか。どちらにせよ何事も経験だと、期待をせずに5階へ上がってみた。

 

 

 

 

 エレベーターを降りると目の前に看板。

 

 

 

 

 あ、あそこが入口だな。

ぞうさんの絵がカワイイじゃないの。

 

 

 

 

 ああ、こういう感じか。喫茶店だね。

 

 入口すぐの所に券売機があった。迷うことなくカツ丼¥750をポチ。食券を一番奥のカウンターに出す。セルフサービスで、オーダーが出来上がるまで、席で待つ。暫くして「〇〇番、カツ丼のお客様~」と呼ばれて受け取りに。さて、どんなんじゃろ。

 

 

 

 う~ん・・・。小鉢はおろか、お味噌汁もお漬物も付いていないのね。

この病院に入院したことがあったのだが、今目の前のカツ丼の見た目は、まるでその時の病院食のようだ。白い磁器の器じゃなくて、せめて丼は丼らしい丼にしてほしかったなあ。カフェテリアと名付けた以上、カフェっぽい器にしたかったのだろうか。

 

 で、そのお味は・・・。うん、まあ、可も不可もなく、普通と言えばいいのかな。すごい美味しい!こりゃ当たりだー!ということはなく、かといって旅情を掻き立てるような、なんじゃあコリャ!という酷さもなく。まあ、普通に美味しく食べれた。つまり何のインパクトも無いというのが正直なところ。強いて言うならば、見た目の病院食感が印象的と言おうか。さて、この¥750が高価いのか安価いのか微妙だなあ。妥当という値段だろうか。でも、何だか物足りなさが残る気分であった。

 

 こんなもんか、仕方ないね、何事も経験だよな、と思いながら病院を出て帰路に着く。家路を走っていて急に目に黄色い風景が飛び込んできた。わー、綺麗じゃないか、と車を路肩に寄せて止めた。

 

 

 

 

 行く道では気付かなかったのだが、ヒマワリ畑である。小ぶりのヒマワリだが、それが一面に咲いている。人工的に植えたというよりも、自然に生えているようにも見える。わー、夏なんだな~、と実感。

 

 

 

 

 暫し咲き誇るヒマワリに見惚れて立っていた。一面のヒマワリを見つめていると、まるでステレオグラムを見ているように不思議な感覚になるものだ。これは面白い。無心になって眺めていると、あのカツ丼の微妙さにモヤモヤしていた気分が、払拭されていく。ここでいい事を思いついた。

 

 そうだ、あのちょっと物足りない感じだったカツ丼は、このヒマワリとのセット価格で¥750と思えばいいのだ。

そう考えると、随分お得なセットということになるじゃないか。そうしよう、そういうことにしておこう。

 

 本日のお薦め! 「カツ丼ヒマワリセット」 ¥750

 

 なんだか嬉しくなってきた。

 

 

 

 

 何事も、ものは考えようでなのある。満足、満足。

 

 

 

 

 先日、深夜に何気なくテレビをつけたら、番組欄に『フランク・シナトラ・ライヴ・イン・武道館』というのを見つけた。約1時間のBSのNHKの番組だった。シナトラか~、珍しいものをやるなあ。今の若い子達はシナトラなんて名前も知らないだろうになあ。

 

  フランク・シナトラ(1915-1998)とは、アメリカのエンターティナーであり、ポピュラー歌手であり、ジャズ歌手であり、俳優である。ビング・クロスビー、エルヴィス・プレスリー、マイケル・ジャクソンなどと並び、20世紀アメリカを代表する伝説的なエンターテイナーの一人。

 

 自分はシナトラのレコードを2枚持っているが、特別ファンということもなく、思い入れもそれほどない。シナトラのイメージは、「母が好きだったイケメン歌手で映画俳優のスター」というのが一番に出てくるくらいだ。だから、どうしても見たいというものでもなかったが、他に見るべき番組も無し。ちょっとだけ見てみようかなという気になり、放送時刻にチャンネルを合わせた。

 

 1985年、シナトラが70歳のときの日本武道館でのライヴだった。番組が始まり、そのオープニングの映像を見て、かなり驚いた。フランク・シナトラともなれば、それなりの派手派手しい舞台装置の演出があるのだろうと想像していたのだが、武道館の中央に何の変哲もない真四角のステージが作られているだけ。舞台のセットや飾りなどの演出らしいものが一切無い。何も無い、ただ白い正方形の舞台。ステージの片側下にオーケストラ・ピットがあるのみ。えっ!? コレが舞台? そこへスポットライトに照らされた、蝶ネクタイ姿のシナトラが、金色のマイクを持って登場する。そして、挨拶もそこそこに、いきなり歌い出した。

 

 

 

 

 その歌は・・・、流石!やっぱり上手い。世界的なシンガーであり、伝説的スターであり、上手いなんて表現は失礼だが、その歌声に圧倒され、う~ん、やっぱり上手いなあ~、と一人呟いてしまった。年を取ったシナトラは、若いころに比べるとずいぶん太ってはいるが、余裕に満ち溢れている。シンプルな白い四角の上で、その存在感が凄い。なるほど、納得。シナトラがそこで歌えば、舞台の演出なんて無用なのだ。

 

 

 

 かつてキング・クリムゾンのリーダーであるロバート・フリップは、
「俺たちキング・クリムゾンのステージには、裸電球一つで十分だ。他に演出は何もいらない」

と言い放った。まさに、この言葉通りのような舞台が画面の中にあった。ただし、シナトラの場合、ライティングの演出は多少あったが。

 

 

 歌と歌の間には、今歌った曲や次に歌う曲についてのお喋りが入る。当然英語で喋るのだが、字幕が出るので何をいっているのかはわかる。その話の中で、シナトラがかつて一緒にやったメンツの名前が出てくるのだが、これがまた凄かった。ジョージ・ガーシュウィン、ハリー・ジェイムス、ベニー・グッドマン、サミー・デイヴィスJr、ルイ・アームストロング、クインシー・ジョーンズ、アントニオ・カルロス・ジョビンなどなど、錚々たる名前ばかりだ。

 

  他に見る番組が無いから、何気に見てみようかなと思い、見始めたライブに魅了されてしまい、結局1時間ちょっとの番組を最後まで全部見てしまった。見終っての感想は、見て良かった。若かれし頃はイマイチ良さがわからなかったのだが、この年になり、様々な音楽を聞き込み、多くの経験値を積んで来て、やっとこの凄さが理解できるようになったのだなあと、しみじみ。

 

 

 さっそく、自分のもっているフランク・シナトラのLPレコードを膨大なレコード・コレクションから探し出す。

 

 

 プレーヤーにセットして針を落とす。何年ぶり、いや何十年ぶりに掛けたかわからない。テレビでこのライヴを見なかったら、わざわざシナトラのレコードを探し出して掛けることは、おそらくこの先も無かったであろう。


 改めてじっくり聞いてみて、何故か得意気な気持ちになる。うん、我ながら、いいレコードを持ってるじゃないか、と。

 

 

 フランク・シナトラ、再発見の夜。