奥穂高岳③ | 独り言ちの山暦

独り言ちの山暦

「風の又三郎、又三郎、早く此さ飛んで来!」「この頂で赤道から北極までの大循環の自慢話を聴かせてくれ。」

 

2023.6.13。

この先を称えるかのように青空が広がっていた。

北穂高岳方面に位置する涸沢小屋が映える。

宿泊も我々のみであったが奥穂高岳を目指すのも、どうやら我々のみである。

まさしく「独り占めの穂高」である。

なにか勿体ないような気がした。しかし誇らしさもあった。

雪渓がタップリと残っている。

アイゼンを装着した。アイゼンが気持ちよく雪を噛んでいく。

涸沢岳の槍を目指すように登る。

気温の上昇に伴い青空にガスが立ち込めてきた。

眺望が怪しくなって来たが雨の心配はなさそうだ。

沢には無数の落石が散らばる。

ここは落石に注意だが、直撃されたら躱せるかは疑問だ。

小豆沢を直登するルートもあるが、小屋での推奨ルートはザイテンから夏道に

取りつくルートである。それを選択した。

時間的な余裕はある。

慎重にユックリと一歩を踏み出す。

当初の計画では奥穂高岳から吊り屋根を通り前穂高岳をピストンする

予定であった。

まだ残雪があることから前穂高岳は断念したのだ。

ここでは奥穂高岳と涸沢岳をターゲットとしていた。

結構な勾配を登った。この先の沢は更に斜度が厳しい。

ザイテンの取り付き点でアイゼンを外した。

沢を直登したほうが楽なのかもしれない、と考えたが山小屋のアドバイス

を尊重した。

ここからは夏道で岩場が続く。

短い梯子、鎖場もあった。

時折、雪渓が残っていた。

その度にアイゼンを装着。そして外す。

面倒ではあるが着実に作業をした。

高度感も増してきた。

涸沢ヒュッテが随分と小さく見える。幾分、酸素が薄くなったような?

何度となく岩山を乗り越えていく。

途中では雷鳥にも出遭った。和める時間だ。

多分に飽きないルートである。楽しんで行こう、と声を掛け合う。

そして交わす言葉は「本当によく晴れてくれたよね」。

もうすぐでコル。穂高岳山荘間近かの地点に辿り着いた。

これまでは計画通りに進んでいる。

穂高岳山荘直下の雪渓はかなりの傾斜であった。

もう一度、アイゼンを装着し慎重に登った。

そうして穂高岳山荘。

ここで一息を入れた。

「昼食が可能」かどうか尋ねた。

ラーメンはOKとのこと。それでは下山後「食べよう」。仲間に気合が入った。

残念ながら一面がガスに覆われた。

頂上方面も望めない状況。

きっと頂上は晴れ亘って迎えてくれるはずだ。

そう信じて岩に手を掛けた。自分を励ますように太腿を思い切り持ち上げた。

最初は梯子が2つ連続。どうやら雪渓は消え去ったようだ。

さして難しい梯子場ではない。恐怖感も湧くことはない。

岩壁を攀じ登りぐんぐんと高度を上げる。

この先、雪渓がなければ大丈夫そうだ。

やがて傾斜が緩くなる所で、雷鳥が歓迎してくれた。

やがてである。頂上近くに懸念していた雪渓が残っていた。

登山道を塞いでいた。

この雪渓を登ることは危険と判断。雪渓脇の岩場を攀じ登ることに。

雪渓を過ぎると、頂上は案外簡単に踏むことができた。

本当に残念だが全く眺望は得られない。

期待していた「槍」も「ジャンダルム」も姿を現すことはなかった。

昨日までの天気予報では頂上を踏むことすら難しい状況だった、ことを

考えれば「これで良し」とするしかない。

「晴れてくれ!」の声が空しいから、3回叫んで止めた。

下山。雪渓を回避しながら岩壁を下ったときが一番怖かった。

Kawaさん曰く「剣岳のカニの横這いより怖かった」。

まあ、そんな難所もSugaさんには楽しかったようだが。

何を訴えるのか?

下山時の鎖場

垂直に切り落ちてはいるが、確りと足場もあり順調にクリアできた。

この場面で剱岳を思い起こすこともないが

剱岳と比すると格段の容易さだった、と述懐した。

ただここに雪がへばりついてたら、こうはならないだろう。

雪がないから座って写真も撮ることができる。

それぞれが最後の梯子を下り

ガスに霞んでいた小屋も見えるところまで戻ってきた。

最後は余裕の人が締め切って穂高岳山荘に到着。

穂高岳山荘。

腹が空いていた。

温かいラーメンを食した。実に旨かった。価値ある一杯を味わうことができた。

涸沢岳方面もガスで全く視界が無い状態であった。

涸沢岳を断念してこのまま下山を決めた。

雪渓下りは難儀した。

アイゼンを装着していたが雪渓と岩場の間に足をとられ転倒した。

幸い数メートルで岩につかまり滑落を防ぐことができた。

油断とへっぴり腰はダメだと再確認した。

ともあれ満足感を胸に無事に下山した。

当初の計画からは大幅な変更となったが「奥穂高岳」の頂上を踏めたことを

もって「ヨシ」としよう、と再確認。

夏場であればもっと容易に登れただろう。前穂高岳も涸沢岳も踏めたに違い

ない。この時期はやはり難しかった。だが、この時期に挑戦できたこと、この仲

間と一緒だったことを誇りにしようと思う。再度、訪れることがあるか、は分から

ないが夢では間違いなく見ることだろう。

仲間には心から感謝を申し上げる。

最終日は松本見学。

松本市には何度か訪れているが「居酒屋」で食べた「馬刺し」がなによりも

印象に残ったものだ。信州は良い処だ。

上高地は多くの外国人、就学旅行生で賑わっていた。3日ぶりに山から戻り

河童橋を渡った時、違う世界に迷い込んだ錯覚に陥った。

山は心を震わせる魔物がいる。

最後は穂高の山に感謝したい。