『自愛最強説を広めたい』kyokoです

 

 

 

↓自愛するきっかけなど書いてます

初めての方へ

 

 

 

 

 

 

今日の記事は

先にこちらの記事をお読みいただくとわかりやすいかも

 

 

 

 

 

 

私は子供の頃からずっと

 

 

『私には生きる価値がない』

 

 

『私には居場所がない』

 

 

『私はひとりぼっち』

 

 

と思って生きてきました

 

 

 

 

 

別に私は

世間一般的には「普通」と言われる家庭で育ったし

 

 

何不自由ない暮らしをさせてもらったと思っています

 

 

 

きっと側から見れば、

 

愛されて育った子

 

甘やかされて育った子

 

大切に育ててもらっている

 

と言われるような環境だったと思います

 

 

 

 

 

でも

 

私の心の中は

不足感でいっぱいでした

 

 

 

 

 

 

ずっと不安だったし

 

『私はこれでいいのかな』

『私はここにいていいのかな』

 

と思っていたし

 

 

いつも何かに怯えて過ごしていました

 

 

 

 

 

 

 

私の家族は

両親と祖父母、そして妹

という家族構成で

 

いつも家には誰かが必ずいたので

さみしいと思うことなんてなくてもいいはずなのに

 

 

さみしい

 

私の居場所がない

 

 

と思っていました

 

 

 

 

 

中学の頃

 

浜崎あゆみの『A Song for X X』

を聴きながら

センチメンタルな気持ちになったり

涙したりしながら

 

 

「この歌は私の気持ちを代弁してくれている」

 

「浜崎あゆみは私と同じ苦しみを持っているのかも」

 

と思い、

自分の気持ちと同じ気持ちを感じている人がいる

ということが嬉しくて

ホッとしたのを覚えています

 

 

♪〜

居場所がなかった

見つからなかった

未来には期待できるのかわからずに

 

 

 

というところでいつも号泣でした

 

 

 

 

でも

いつもこの曲を聴いてしんみりした後にやってくる思いが

 

 

 

でも

浜崎あゆみと私は全然違うし

 

浜崎あゆみの家庭環境に比べて

私の家庭環境は誰が見たって恵まれているものだし

 

 

こんな

「居場所がない」なんて思ってしまう私がおかしいんだ

 

こんな恵まれた暮らしをさせてもらっておいて

こんなふうに思う私はなんてダメなやつ

 

なんて愛のないやつなんだ

 

 

というものでした

 

 

 

 

こんなに愛情をもらっているのに

孤独を感じてしまう自分

 

 

そんな自分のことを私はずっと責め続けてきました

 

 

 

 

 

 

もう一つ

こんなふうに自分を責めてしまう時があって

 

 

 

それは私の中学時代

 

 

 

一人仲良くしていた友達がいて

 

その子は両親が離婚して母親に育てられていましたが

 

どうやら母親から虐待をされていたようでした

 

 

一見、仲良い親子に見えましたが

 

実際話を聞くと

二人の関係はお世辞にも良いと言えるものではありませんでした

 

 

 

 

 

その子から親との悩みを聞くたびに

 

 

こんなに大変な家庭に育っている子もいるのに

私はなんてダメな子供なんだろう

 

と自分を責めていました

 

 

 

 

私はいつからか

その子と話すのが苦痛になります

 

 

 

その子が私に悩みを打ち明ける時

必ずと言っていいほど

 

「kyokoはいいよね」

 

と言ってくるがとても嫌だったからです

 

 

 

 

 

私はいいのかな・・・

 

私は恵まれているって言われてるのかな

 

 

こんなに苦しいのに?????

 

 

 

 

 

 

「私だって苦しいのに!!!」

 

と言いたい気持ちと

 

 

 

こんな大変な環境で苦しんでいる子がいるのに

そんなこと思っちゃいけない

 

苦しいなんて思っちゃいけない

 

 

という自分を責める気持ちが交差して

とても息苦しくなるから

その子と話すのがとても苦しかったです

 

 

 

 

 

 

そんなふうに

周りの家庭環境に問題がある子達を見ては

 

私は恵まれているのに

それなのに苦しい

 

という思いを大きくしていっていました

 

 

 

 

 

 

心の底から感謝ができない自分

 

私を思って動いてくれる親のことをうざいと思ってしまう自分

 

親には私の思いなんてどうせわからないと思ってしまう自分

 

孤独を感じてしまう自分

 

生きづらさを感じてしまう自分

 

 

 

そんな自分のことが私はずっと大っ嫌いでした

 

 

『私はなんて愛のないやつなんだ』

 

 

自分のことを罵倒していました

 

 

 

こんな自分のことが嫌いで嫌いで仕方がなかった

 

 

 

 

大好きなはずの両親のことを

憎いと思う自分のことが

嫌いで嫌いで仕方がなかった

 

 

 


 

 

そして最終的に

 

私は家庭環境の不満を言ってはいけない

 

と自分を縛り付けるようになりました

 

 

 

 

 

 

本当は苦しかったのに

 

本当は言いたいことも言えずに辛かったのに

 

「愛されていた」と頭で思うだけで

心はそう感じていなかったのに・・・

 

 

子供の頃から溜め込んだ本音を

私は心の奥底にグッと閉じ込めたのです

 

 

 

 

 

 

こうして私は本音を閉じ込めて

一見、明るく気さくな私を演じながら

大人になっていきました

 

 

高校、大学では

新しい友達もできて

今まで経験できなかったことをたくさん経験させてもらって

楽しい学生生活を送ることができました

 

 

 

社会人になってからも

診療放射線技師として自分なりに一生懸命働いて

技術を身につけ

成長していく自分を誇りに思えるようにもなりました

 

 

 

 

 

 

それでも

 

心の奥底に閉じ込めた本音と

苦しくて寂しくて孤独でいっぱいな気持ちは

いろんなところで顔を出します

 

 

 

 

それが1番出たのが

 

職場の先輩に片思いしていた頃↓

 

 

 

 

今まで溜め込んだこの苦しみを

片思いの相手になんとかしてもらおうとしました

 

 

 

救って欲しかったのです

 

 

本当はもう我慢の限界だった

 

 

助けて欲しくて仕方がなかった

 

 

 

 

でも

それは叶わなかったです😢

 

 

 

孤独と虚しさと不安が大きくなりすぎて

自分でコントロールすることができなくなってしまったから

 

 

暴走してしまったんです💦

 

 

 

 

 

そこで藁をも縋る思いでたどり着いたのが

潜在意識のお話

 

 

 

 

 

ここからちょっとずつちょっとずつ

私の心はクリアになっていったのですが、、、

 

 

 

 

 

でもどうしても

 

私の家庭環境は恵まれていたんだから

居場所がないとか孤独とか

感じてはいけない

 

という思い込みはなかなか消えませんでした

 

 

 

 

どうしても

 

「恵まれた家庭で育っておいて

そんな私なんかが弱音吐いてんじゃねー」

 

と思ってしまう

 

 

 

 

どうしても

 

「愛されていたんだからさみしいと思ってはいけない」

 

と思ってしまう

 

 

 

 

 

 

でも

ここから抜け出すきっかけをくれたのが

Yukiさんのブログだった

 

 

 

 

 

虐待されているとか

目に見えて機能不全家庭だとか

そんなの関係なく

 

自分には居場所がない

と一度でも思ったことがあるなら

 

それはそう思ったあなたの感覚が正しいんだよ

 

って

 

 

 

 

私はYukiさんのブログを読んで

初めて自分が心の奥底に閉じ込めた本音を

言わせてあげることができた

 

 

 

居場所がないって思ってよかったんだ

 

ひとりぼっちだと感じてよかったんだ

 

 

って

 

 

 

 

とてつもない安心感が胸いっぱいに広がりました

 

 

そして

たくさん泣きました

 

 

 

 

 

 

 

 

一見、何も問題がない家庭に育った人でも

 

もし

「さみしい」「居場所がない」

と感じていたのなら

 

そのあなたの感情を否定しないであげてほしい

 

 

 

そういう家庭で育った人こそ

本音も何も言えずに苦しんでいるかもしれない

 

 

 

 

 

 

「親だって忙しかったし」とか

「親も一生懸命育ててくれたんだし仕方ない」とか

「親も私のためを思ってしてくれたことだし」とか

そんなふうに無理やり自分を納得させないで

 

 

 

 

心の中は泣いているのに

 

「私は親に愛されてきた」

「親に感謝している」

 

なんて無理に言わないで

 

 

 

 

 

私はYukiさんのブログに出会って

 

心の奥底に閉じ込めた思いをひたすらノートに書いて

 

さみしいという感情をただただ感じて

 

泣いて

 

 

 

 

そしたらやっと

 

親に感謝の気持ちが自然と湧いてきました

 

 

 

 

それまでは

『感謝しないといけない』

という義務感で感謝してたけど

 

これもマジきつかった

 

 

 

頭で言ってることと

心が言ってることがチグハグすぎて

無理だった

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな家庭環境であれ

どんなに一見幸せそうな家庭であれ

 

 

感じちゃいけない感情なんてない

 

 

 

『私がそう思ったなら、そう』なんだ

 

『あなたがそう思ったのなら、そう』なんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛されていたんだからさみしいと思ってはいけない

 

 

 

 

本当に私は親に愛されていたのだろうか

 

 

 

 

「愛されている」と思えなかったから

さみしいと感じたのではないか

 

 

 

 

 

 

この問いはキツいね😭

 

 

 

親が大好だった自分にとっては

かなりキツい問い💦

 

 

 

 

でも

 

私にとっては、ここを直視することが

自分の押さえ込んだ感情を解き放つきっかけになりました

 

 

 


 

「見たくないな〜」と感じるところに

苦しみの核が眠っているのだと思います

 

 

 

 

 

 

 

今日は

私が子供の頃から抱えていた苦しみについて書いてみました

 

 

同じような苦しみを感じているお仲間に届きますように・・・♡