推定1962年12月~1963年2月(飛雄馬小5の冬、推定11歳)
文庫8巻
「不死鳥」(264~306ページ)。
飛雄馬が小5歳の冬(11歳)の時の思い出を伴に語った(302~305ページ)。推定1962年12月~1963年2月。
この飛雄馬は第1話と同じように見える。しかも王貞治との勝負で野球の魅力に目覚め、一徹のスパルタ教育を受け入れる覚悟ができた後のように見える。
1962年(昭和37年)
荒川コーチ就任。王貞治、一本足打法で打撃開眼(文庫1巻「星親子のねがい」)。
推定1962年4月~1963年3月(飛雄馬小6)←1966年高校入学の場合
推定1963年4月~1964年3月(飛雄馬小6)←1967年高校入学の場合
文庫2巻
「星一徹のへそ作戦」(145~205ページ)の中の200~202ページ。
1966年または1967年、高校1年の星飛雄馬が小学校卒業間近のころの「修学旅行事件」を回想。
推定1964年4月~1965年3月(飛雄馬中2)←1966年高校入学の場合
推定1965年4月~1966年3月(飛雄馬中2)←1967年高校入学の場合
飛雄馬は隅田川中学2年B組の中学生。文庫7巻の『巨人の星・余話』で描かれた。
1965年(昭和40年)
花形満(紅洋高校)がマスコミの取材を受ける(文庫1巻「星親子のねがい」)。
1966年(昭和41年)4月
星飛雄馬が青雲高校に入学((文庫1巻「星親子のねがい」)。これは「空白の1年間」を経て、1967年に変更された。高1夏の甲子園で準優勝の後、飛雄馬が高校を中退し、巨人にテスト入団したら1967年秋になっていた。
1967年(昭和42年)
文庫4巻「名物千本ノック」で、巨人が日本シリーズ3連覇(156ページ)。
1968年(昭和43年)
文庫4巻「新しい門出」(252ページ)。
飛雄馬が宿舎化や長屋に戻る。坂本龍馬の話を聞く。飛雄馬は奥多摩の雪山で特訓。
前半戦、大リーグボール1号を編み出す。飛雄馬は17歳。同級生は高2。
文庫6巻「男の一念」、昭和43年9月18日、巨人×阪神戦(171ページ)。
花形が星飛雄馬の大リーグボール1号を打って本塁打にした試合。
1969年(昭和44年)
文庫7巻114ページから、昭和44年の正月(「契約更改」)。
1969年の春の宮崎キャンプの時点では17歳で、同級生は高2の3学期。
1969年開幕後、大リーグボール1号を復活させた時点で18歳。同級生は高3。
1970年(昭和45年)
文庫9巻の188ページで昭和45年の正月が描かれた(「伴のトレード」)。
1971年(昭和46年)
文庫11巻の終盤、川崎で左門豊作と京子の結婚式が行われた(「エピローグ」)。一徹、明子、花形、伴、左門妹たち、弟たちが参列。なぜか竜巻グループの面々は缺席だったか。
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2018年10月
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