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タケさんのブログ クラシック時々ポピュラー

クラシックを中心に、ポピュラーや民族音楽なども(少し)紹介してます。
レアなものや変わったものも多いので、良ければ見てやってください。

 マルティノンは、ドイツ=オーストリア系のレパートリーは、正規録音がほとんどありませんが、それ以外は、たくさんの音源を残しています。 その中から、今回は、エロールとラヴェルの序曲と小品を。

 

 まず、エロール。 これは、CD化されていますが、入手困難なようです。 オケも、ロンドン・フィルとめずらしい組み合わせ。 1951年の録音で、快速テンポで、思いきった表現です。 各部分の細やかな表現も、オケの実力とともに必聴です。

 

 ラヴェルの「古風なメヌエット」。 こちらは、パリ管弦楽団ですが、バレンボイムが改悪する前の録音で、ホルンではなくコル、ファゴットではなくバソンで、弦楽器も、パリ音楽院管弦楽団時代のスタイルを色濃く残しているので、いにしえのフランスの音と言ってもいいでしょう。

 

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 レーベルは、ロンドン・フィルの自主レーベルですが、イギリスのBBCによる録音です。 いやもう、どこをとってもテンシュテットなんです。 悪く言えば大時代的ともいえる火の玉演奏で、20世紀の巨匠なら、これが普通でしたね。 録音はたぶん、1991年なんですが、60人はいるであろう編成と、たっぷりとヴィブラートをかけた弦楽器など、もう、懐古趣味のファンなら、卒倒しそうなくらいです(これこれw)。 それでも、最新の研究結果などは取り入れているようで、管楽器の使い方など、古楽器的なところもあるのがおもしろい。 これが、デジタル録音で残っていることが貴重ですかね? そういうスタイルなので、オケをガンガン鳴らして、ホールいっぱいに響き渡ってます。 最後に、ブラボーが、「うぉ~~~!!」となっているあたり、その場で聴いていたら、すごかったんでしょうね。

 

 では、全曲です。

 

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 テンシュテット指揮による貴重な録音です。

 

 モーツァルトは、ヴァイオリンとヴィオラをソロとする協奏交響曲K.364を作曲した後か同時に、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの3つの楽器をソロとする協奏交響曲を、作曲し始めたんですが、途中でやめてしまい、そのまま完成されませんでした。 ちょうど、マンハイムに滞在中だったので、そこの奏者を想定したらしいのですが、作り始めると、その3人が揃わないことがわかったので、中断した、と、言うのが現在の説だそうです。 それを第1楽章のみ復元したものがこれです。 ソロ・パートは大部分が残っていたので、そこに肉付けした感じです。 K.364と、よく似ているんだけど、モーツァルトが、チェロをソロにしたのは、この作品だけなので、貴重なんだそうです。それは、当時最新の、フランショーム(フランス人チェロ奏者)のテクニックを使っているそうです。 ライヴ録音ですが、セッション録音も数点しかないので、古典派好き、モーツァルト好きには、見逃せないのでは?

 

いや~、興味津々(φ φ)

 

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 原作小説は、1873年ですが、映画が、1956年で、公開70周年です。

 ジュール・ヴェルヌの原作で、貴族の主人公が、インドに鉄道が敷設されたので、計算上、80日間で世界一周ができるというので、実際にやってみようと、友人たちと賭けをするというストーリー。 デヴィッド・ニーヴン主演の不滅の名作です。

 で、音楽も有名で、ヴィクター・ヤング作曲で、特に、テーマ曲は、あちこちで使われているし、イージーリスニング系のアーティストは、こぞって取り上げています。 と、言うことで、オリジナル・サウンドトラックやカバーを、何曲か取り上げます。

 

 まずは、オリジナル・サウンドトラック。意外に地味です。

 

 これが、一番有名でしょうか?作曲者自身のオーケストラでのカバーです。 オールド・ファンには、「兼高かおる世界の旅」なんてタイトルが思い浮かぶかな?

 

 次は、ラムゼイ・ルイスのジャズ・ヴァージョン。 見事にジャズです。

 

 吹奏楽版です、おなじみ、ニュー・サウンズ・イン・ブラスですが、やっぱり、いじりにくかったのかな?けっこう、あっさりしてます。

 

 今回のトリは、スタンリー・ブラック・バージョンで。 世界一周と言うことで、世界中の音楽を、メドレーで挿入しています。 生で聴いたら、ゴージャスだろうなぁ~・・・・・・。

 

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 テンシュテットと言えばマーラーですよね。 まずは、第1番ということで。

 たぶん、こだわりが強すぎた人なんでしょうか? ドイツあたりの、オーケストラとは折り合いが悪かったんですが、アメリカやイギリスでは、受け入れられるどころか、大変な高評価をもらってました。 中でも、ロンドン・フィルハーモニックは、心酔していると言っていいほど、テンシュテットとはすばらしい演奏をしました。 そんな中で残されたのが、この、マーラー交響曲全集。 そもそも、若い頃から、「テンシュテットが指揮をすると居眠りをする者がいない。」と、言われていた上に、ロンドン・フィルの団員が、「私たちはクラウスのためなら120%の力を出し切る。」と、言い、メディアは、「テンシュテットのいないロンドン・フィルは、ミック・ジャガーのいないローリング・ストーンズのようだ。」などと言っていたので、悪い結果になろうはずがない。

 このセットの最大の特徴は、やはり、オーケストラの集中力と爆発力でしょう。 繊細なppから限界を突破したようなffは、破壊力抜群。 それでいて、アンサンブルは破綻しないんですから、これで名演奏にならなければおかしいわけです。 多くのマーラー・ファンが、一目置くのは、当然かもしれません。

 

 

 

 

と、いうことで、聴いてみてください。

 

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 Alexander Gibson(1926-1995)生誕100年です。

 スコットランド生まれのいぶし銀の指揮者です。

 

 マザウェル生まれ。 近くのニュー・スティーブンストン村で育つ。 ピアノとオルガンを学び、18歳で、グラスゴーの、ヒルヘッド・コングリケーション教会のオルガニストとなる。 1943年、同地のグラスゴー音楽院に入学、戦争により学業が中断された後、ロンドンの、ロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージックに入学。 ザルツブルグのモーツァルテウム音楽院などでも学び、イーゴリ・マルケヴィチ、パウル・ファン・ケンペンに指揮法を師事。 1952年から2年間、BBCスコットランド交響楽団副指揮者、1957年から2年間、サドラーズ・ウェルズ・オペラの音楽監督を務める。 1959年からは、スコットランド国立管弦楽団(RSNO)の首席指揮者兼音楽監督に就任し、1984年までの長きにわたり務め、同楽団を国際的な団体にまで引き上げる。 また、1962年に、スコティッシュ・オペラを創設し1986年まで音楽監督を務めました。  世界的な活躍をしていましたが、1995年1月、心臓発作の合併症で亡くなる。享年68歳。

 

 オペラ指揮者として有名ですが、コンサート指揮者としては、シベリウスなどの北欧物と、お国物のイギリス近代のものが、主に音源として残っています。 マーラーなどもあり、なかなかの演奏なので、ベートーヴェンやブラームスなども聴いてみたかったですね。

 

 では、意表をついて、ベルリオーズの「ローマの謝肉祭」序曲と、シベリウスの「レミンカイネンの帰郷」を。 さすが、オペラ指揮者、劇的な表現がすばらしい。

 

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 Pablo Casals(1876-1973)生誕150年です。

 今に続く、近代チェロ奏法を確立した巨匠です。また、指揮者としても活躍しました。

 

 スペイン・カタルーニャ地方タラゴナ県アル=ヴァンドレイ生まれ。 4歳でピアノを、9歳でオルガンを、11歳でチェロを始める。 1888年、バルセロナに移住し、バルセロナ市立音楽院に入学、チェロ、ピアノ、音楽理論、作曲などを学ぶ、半年ほどすると、町はずれのカフェで、演奏活動を始めるが、その見事さに、遠くから聞きに来る客がいるほどであった。

 20歳から、バルセロナの音楽学校で教え始めると同時に、世界中を演奏旅行するようになる。 コルトー、ティボーとのカザルス三重奏団を結成したり、ソリストとして招聘されたラムルー管弦楽団で、初めて指揮をしたりする。 1919年以降、カタルーニャに住むが、1939年、スペイン内戦を避け、フランスのスペイン国境近くのプラドに隠棲。 1度は、演奏活動から引退するが、アレクサンダー・シュナイダー(vn)の説得により、同地の、プラドで音楽祭の監督となる。

 1955年には、プエルトリコに移住、1973年、心臓発作により同地で没。

 チェロ奏法の改革や、バッハの無伴奏チェロ組曲の、再発見など、あまりに大きな足跡を残しました。 1957年からは、アメリカのマールボロ音楽祭に参加するなど、晩年まで演奏活動をし、録音も多数です。

 

 では、バッハの無伴奏チェロ組曲第1番のプレリュードを。

 

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  なんとなく、出馬表見てたら、自分なりに絞れたので、メモ代わりに。

 まずは、阪神競馬場で行われる、3歳牝馬のGⅡ。 今の時期の3歳馬は、成長盛りなので、1か月で変わることもあるので要注意なんですが、ここは、④ショウナンカリス1強だと思います。 去年でこの成績なら、成長分を見込めば勝ち負けだと思います。 ただ、対抗は、絞れないので、幅広く買うしかないかな? 思い切って全流しもありと見ます。高配当期待できるか?

 

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 中山牝馬ステークスも、一見難解なオッズになってますが、ほぼ人気5頭で決まるんじゃないかな? 中でも、GⅠ2着(エリザベス女王杯)のパラディレーヌを◎とします。 確実にGⅠ級だし、GⅠに向けてのタタキだとしても、馬券圏外は考えにくい。4着とかに平気でするのは武豊ぐらいだろうし(ぉぃ!w)。 

 〇筆頭は、ボンドガールでしょうか? 秋華賞2着なのに、いまだに重賞勝ちがない。去年はちょっとスランプっぽかったけど、ようやく復調気配です。 追いまくる岩田父を使うのも、その辺の事情が? 次点は、継続騎乗の⑩アンゴラブラック、⑬エリカエクスプレス、⑭ニシノティアモかな? 気になる穴馬は、⑮ケリフレッドアスク、秋華賞を逃げて2着に入ってるし、同じ中山の2000m紫苑ステークスを勝ってるのに、14番人気。 おもしろいです。

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 この2人、デビュー50周年なんです。

 

 2人とも静岡県出身で、ミー(根本美鶴代)が中学2年のころ、ケイ(増田恵子)が、同じ演劇部に入部したことで知り合い、1973年に、ヤマハ主催のオーディションにそれぞれ合格し、ヤマハ・ボーカル・スクール通い、講師の勧めでプロ・デビューを目指すようになります。 74年に、ポプコン地区大会決勝まで行き、セミプロの歌手として、ヤマハのイベント等に出るようになります。 その後、プロを目指すも、うまくいかず、最後の挑戦として、日本TVの「スター誕生」に出演すると、決勝大会に出場でき、8社からオファーがあった。 契約したのは、ビクター・エンターティンメント株式会社(当時はビクター音楽産業)。 上層部は、フォーク路線で売り出そうとするも、ディレクターの飯田久彦が、「フォークはだんだん下火になる、これからはディスコだ。」として、上層部を説得して路線変更。作曲家、都倉俊一を起用し、最新のディスコなどの音楽スタイルで行くこととなる。 なお、グループ名は、カクテルのピンク・レディーからで、都倉が名付け親。

 セクシーでさわやかな路線で売り出すも、斬新すぎるスタイルのため、キワモノ扱いされた。しかし、独特のダンスなどが子供たちに受け、以降、子供受けを狙うようになり、3年間は、大人気となる。 その後、松田聖子のデビューなどもあって、日本国内での人気が落ちていくと同時に、アメリカ・デビューを画策する。 アメリカ向けのシングル「キス・イン・ザ・ダーク」がビルボード37位と、40位以内のヒットとなり、NBCTVで、冠番組を持ち人気となるが、契約を更新することなく帰国。 理由は、ケイが、アメリカの生活になじめなかったせいとされる。 そのまま、人気が回復することなく1980年に解散、何回か再結成するも、現在、女優やタレントとして活動中。

 

では、デビュー曲の「ペッパー警部」を。

 

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 Marie-Claire Alain(1926-2013)生誕100年です。

 20世紀最高峰のオルガン奏者で、バッハ解釈の権威として知られています。

 

 パリ近郊の、サン=ジェルマン=アン=レー生まれ。 父も、オルガン奏者兼作曲家であった。 11歳のころ、父の手伝いでオルガン演奏の手伝い(助手?)をはじめ、パリ音楽院に入学すると、マルセル・デュプレのクラスで学び、1等賞を4回受賞。また、モーリス・デュリフレに和声も師事した。 1950年、ジュネーヴ国際音楽コンクールオルガン部門で2位になると、国際的に活躍をはじめ、パリ音楽院とルイユ・マルメゾン音楽院で教鞭をとり、1971年に、父が亡くなってからは、父の後任として、サン=ジェルマン=アン=レー教区教会のオルガニストに就任し2011年まで務めた。 2013年2月13日、ル・ペックの介護施設で亡くなりました。

 バッハ解釈の第一人者として知られ、バッハのオルガン曲全集を、3度にわたって録音しました。 特に、3度目は、各地の歴史的オルガンが修復されたのに伴って、作品ごとに最適なオルガンで、行われました。 他にも、マルティノンとのサン=サーンスの交響曲第3番やモーリス・アンドレ(tp)との共演など、160枚以上の録音を残しています。 あらためて、バッハを聴いてみると、威圧的なところは、まったくなく、作品の本質に迫らんとする解釈が目を引きます。 

 

 

 では、バッハを2曲。 今回は、2回目の全集からです。

 

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