【京都調べてみた225】永谷園と山本山の関係 | 京こね☆ニュース

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永谷園と山本山の関係

 

 

【京都府内北から南へ縦断調べてみた~】

 

31日目は、宇治田原町です。

 

↑赤いところです。

 

 

『ハート型』の町、宇治田原町。

 

何が『ハート型』かって、地図を見てもらえば『ハート』に似てなくもないということであせる

 

宇治田原町は”宇治”と名が付くだけあって、お茶の生産地としても有名です。

 

そして、実は煎茶発祥の地でもあるのです。

 

江戸時代の中期頃、永谷宗円(ながたにそうえん)という人物が宇治田原町で茶業を営んでいました。

 

それまでのお茶は、摘み取った新芽を加熱処理して乾燥させていたので、色が黒くなってしまっていました。

 

永谷宗円は、乾燥させる前に『揉む』工程を入れ、現在のような緑色にする製法を開発。

 

これを青製煎茶製法(あおせいせんちゃせいほう)といいます。

 

 

しかし、この煎茶。

 

なかなか世の中には受け入れられませんでした。

 

そんな時、江戸の日本橋の茶商・山本嘉兵衛がこの煎茶を飲んだところ、その味に感服おねがい

 

煎茶に「天下一」と名付けて販売すると、たちまち大評判になりました。

 

その山本嘉兵衛のお店が、上から読んでもヤマモトヤマ・下から読んでもヤマモトヤマの「山本山」

 

そして、永谷宗円の子孫が「永谷園」を創業。

 

現在でも創業を続ける2つの会社は、江戸時代に運命的な出会いをしたのでしたラブラブ

 

 

 

 

 

日本アメリカフランスイギリスカナダイタリア

 

北から南へ縦断しながら書いております。

本日は「宇治田原町」。

明日は「精華町」。

 

 

 

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