静御前物語<6>
「静(しず)、静ではないか」
目を開けると、先日会った時から、少し大人びた義経の顔があった。
「何も言わずに、どこへ行ったのかと心配しておったぞ。 あれだけの白拍子なのに、誰もその後を知らんのだから、あの神泉苑で見たのは幻かと思っておった」
その優しい眼差しに、私の心臓はドキッと跳ねる。
「また、体調が良くないのか? 我が屋敷にて、少し休まれよ」
この時代に、私は頼れる先もない。 私は何も答えることができないまま、義経に連れられて屋敷へと行くことにした。
義経の顔は少し大人びていた。 あれからどのくらい経ったのだろう。 今は、一体いつなのか。 義経が若くして亡くなったのは、歴史上知っている。
「義経さまは、けっこん・・・いや、奥様をめとられたのですか?」
私は意を消して尋ねてみた。
すると、義経はクックッと笑っている。 私が呆気にとられていると
「久しぶりに会ったと思ったら、第一声がそのような質問か? そういえば、前に会った時は、そなたの名前を聞いただけであったし。 なんだか面白いやつだな。 そうだ、妻をめとって1年ほどになる。 まあ、つい先日にはもう一人迎えたがな。 なんだ? 妻がいて残念か?」
義経は私の表情を楽しむかのようにのぞき込む。 私はそれが恥ずかしくてうつむく。
「私はそなたがいなくなった時、寂しかったがな。 今度は何も言わずに出て行くな。 いいな」
そう言い残し、義経は部屋を出ていった。 その横顔には、少し赤みがさしていた。
その後、私は言われた通り、そのまま屋敷に留まった。 行く宛がなかったのもあるが、義経の側にいたいという気持ちが芽生えてきたからである。 奥さんがいても関係ない。 私が現代に戻るまで、もしくは夢から覚めるまで、私はあなたの側にいたい。 それは私に初めて芽生えた恋心だった。