前回までのお話は↓から。
※フィクションの部分もあります。あと、現代の言葉を使っています。
ご了承下さい。
和宮物語<3>
私と上様が夫婦となり、何度、紅葉の季節が巡ってきたのであろう。 それは数えるほどだったように思う。
時代の流れは残酷だ。 ましてや、時代が変わろうとしている時はなおさら。
年若く将軍となられた上様であったが、江戸城にドンと構えている暇はほとんどなかった。
それは三度目の上洛。 しかし、今回はただの上洛ではない。 将軍自ら出陣することになったのだ。 京から一緒に来ていた母の体調が最近よくないのもあって、私は言い知れぬ不安にさいなまれていた。
「帝を守るためですから」
不安な顔をしていた私に、上様は子どもをなだめるかのように優しい声で語りかけて下さった。
「私が前線に赴くことはありませんよ。 そうだ、宮様、京のお土産は何がよろしいですか」
突然の質問であったが、私は咄嗟にこう答えた。
「上様の一日も早いお帰りを」
素直に自分の気持ちを言った途端に恥ずかしくなり、
「いいえ。 何でもありません。 西陣織を。 西陣織がいいです」
顔を真っ赤にしているだろう私に、上様は優しく微笑んで、
「分かりました。 一日も早く宮様の元へ帰ります」
と言いながら、上様から小さな包みを手渡された。 その包みをそっと開くと、小さなガラス板。 そういえば、先日写真というものを生まれて初めて撮った。 このガラス板を湿板(しっぱん)というらしいが、これには、今、私の前で優しく微笑んで下さっている上様がまさしく焼き付けられている。
私は愛しい人を包み込むように、その湿板を胸に抱き続けた。
つづく