平安京の最東端の道だった「東京極大路(ひがしきょうごくおおじ)」の
変遷が、京都市埋蔵文化財研究所の発掘調査で26日までに
分かりました。
平安時代では、「朱雀大路(現在の千本通)」がメインストリート
でしたが、その幅は約85mありました。
現在の千本通は約25mですから、その大きさがよく分かりますね。
文献によると、「東京極大路」も30mの幅があるとされていました。
しかし今回の発掘調査で、最終的には5.5mまで縮小
されていたことが判明
「大路」とは、約24m以上、「小路」は約12mとされていただけに
「大路」とは名ばかりの小さな道であったことが分かりました。
文献では、東京極大路の東側では平安時代中期以降、
藤原道長による法成寺が建設され、東京極大路と鴨川の間に
「東朱雀大路」という新しい大路を設けたとされています。
また、平安京の西端の「西京極大路」も発掘調査では
10m前後の小さな道と確認されています。
都の両端の道路はさほど重視されていなかったようですね
東京極大路の遺構の写真パネル、海老錠や土器など出土物は
上京区の市考古資料館で、2月28日まで展示されています(無料)
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