おらが街「東大阪市民美術センター」で今夏に開催された、特別展「みんな大好き!近鉄電車のデザイン展」を訪問した際の様子をお送りしています。

会場の美術センターに到着しましたが、エントランスのショーケースからさっそく貴重な品々がずらり並んでいるということで、本展示を前に年甲斐もなくわくわくとしています(汗)

ショーケースの内部にはさまざまな種類の表示看板が並べられています。
色や形、その用途も多岐にわたるのですが、その中には気になるものが幾つもありました。

数が多いのは、行き先駅名のみを記したアクリル製の表示板たち。しかし、どのように使用されていたのかというと…
ちなみに、白地の右側には「ノンストップ」や「臨時」などの場合、その旨を記した板を使用していました。出典②。
中央の剣のようなサインは「特急マーク」を表す。10400系(1961年デビュー)という車両。出典③。

アナログながら、よく考えられているなあと感心するのですが、以前から気になっていたのは行き先板のこの方式に該当しない特急車両があったということでした。それがこの18200系という、中型規模の車体を持つ車両です。

これについては、表示板は「菱形」という。
京都から伊勢志摩方面に向かう特急列車に多用されていた車系ですが、なぜかこれだけがこのような特殊なデザインなのでした。

もともとは、路線規格(車両限界)が小さかった京都・橿原線から伊勢方面に直通する特急列車を運行するに当たり、車体の大きさを小さい方に合わせたのでした。
1966(昭和41)年12月、京都駅での宇治山田ゆき一番列車の出発式典より。出典④。

また、京都・橿原線は直流600V、大阪線は直流1500Vと、架線電圧も異なるために複電圧方式を採用したという、画期的な車両でした。
京都・橿原線の路線規、大阪線など他の路線並に拡大されたのは1973(昭和48)年9月のことですが、そのあたりとなにか、関係があるのかななどと勘ぐってしまいます。
ちなみにこの18200系は、車内設備の陳腐化が目立つようになった1989(平成元)年、全車両が団体専用列車「あおぞら2」に大改造の上、生まれ変わることになります。出典⑤。
そう、前回記事で取り上げた近鉄の元祖・オール2階建ての団体専用列車「あおぞら号(20100系)」が老朽化で廃車されることによる後継車両として、でした。奇遇なことです。
次回に続きます。
今日はこんなところです。
(出典①「鉄道ピクトリアル No.313 臨時増刊号 近畿日本鉄道特集」電気車研究会編・発行 1975年11月)
(出典②「近畿日本鉄道 80年のあゆみ」近畿日本鉄道編・発行 1990年10月)
(出典③「復刻版私鉄の車両 近畿日本鉄道1特急車」飯島巌・藤井信夫・井上広和共著 ネコ・パブリッシング発行 2002年7月)
(出典④「カラーブックス 近鉄線各駅停車2 京都・橿原線」徳永慶太郎著・保育社刊 1984年11月発行)
(出典⑤「フリー百科事典Wikipedia#近鉄18200系電車」)