みなさんこんにちは。前回からの続きです。
歴史を掘り下げますと、深く複雑な経緯を持つ「和歌山駅」周辺。
本題の「阪和電気鉄道」こと現在の「JR阪和線」のそれを中心に、現在までの変遷を実際に辿ってみようということをしています。

大阪なんばから1時間弱。
快適な「特急サザンプレミアム」で「南海和歌山市駅」に到着しました。
いよいよ、ここから本題の和歌山入りです。


広々とした構内です。
その北側には側線が幾本も設けられ、列車が留め置かれているという、ターミナルらしい風景の駅です。また、JR線も乗り入れています。
ではここで、この駅の様子を拝見しながら、和歌山駅周辺の鉄道網変遷について、あれこれと探索する前に、その経緯を探ってみることにしたいと思います。
出典は、グーグル地図と毎度おなじみフリー百科事典「Wikipedia#和歌山駅」より(一部加筆しています)。
最初にできた和歌山市の玄関駅は、1898年に船戸仮駅(ふなとかりえき、和歌山県岩出市)との間を開業させた紀和鉄道(現在のJR和歌山線)が建設した初代和歌山駅(現在のJR紀和駅。昭和43年に改称)である。
ここで聞き慣れない「紀和駅(きわえき)」という名前が出て来ました。
どこかと探してみますと、いま居る「和歌山市駅」と「和歌山駅」との間にある駅です。
見る限り、他路線とはまったく接続もしていない中間駅です。なぜにこのような場所にターミナル駅が出来たのかが気になりますが…
この駅については、後日項で触れることにしたいと思うのですが、これが和歌山市内中心部で最初に出来た駅だということがわかりました。

新設したもので、後年になって鉄道省(→国鉄→JR)が乗り入れた駅、だということがわかりました。
日中は、大阪なんばゆきの「特急サザン」が30分おきに発車しています。
鉄道省と阪和電気鉄道が同じ場所に「東和歌山駅」を設けたのは、大阪・南紀白浜間で直通列車「黒潮号」の直通運転を行うためでした。
これは、双方がJRになった現在においても「特急くろしお号」の運行に当たり、大きく活かされている遺産です。余談でした。
そういったことで、市内中心部で古くからの繁華街や官公庁街などが近い、便利な場所に南海が開業させた「和歌山市駅」に対して、省線・阪和電気鉄道は街から少し東に外れた「東和歌山駅(現在のJR和歌山駅)」を設置、競合関係がはじまりました。
ところで、Wikiにはこのようなくだりもありました。
…「東和歌山駅」開業時、山東軽便鉄道(現在の和歌山電鐵貴志川線)も(中略)この駅に乗り入れたので、開業当初から2路線の接続駅であった。
と、今度は「中ノ島駅」というものが登場して来ます。こちらはというと…
「阪和東和歌山駅」のひとつ北にある駅です。
先日まで取り上げていました、阪和電気鉄道にまつわる特別展がきっかけで気づいた、省線(紀和鉄道→鉄道省和歌山線→国鉄和歌山線)との乗り換え駅です。出典①。
現在のそれ。配線が異なること、また、乗り換え駅ではなくなっていることがわかります。出典②。
ここまで解説を読み解いて行きますと、現在の和歌山の玄関口に当たる「和歌山市駅」と「和歌山駅」の他に、かつての「初代和歌山駅(現在のJR紀和駅)」と「中ノ島駅(現在のJR紀伊中ノ島駅)」も、時代ごとに重要な役割を果たしていたことがわかりました。
なかなか複雑ですが、その経緯については、現地を訪問しながら掘り下げたいと思います。「和歌山市駅」駅前の案内地図より。
(出典①「阪和電気鉄道 沿線御案内」阪和電気鉄道発行 昭和13年)
(出典②「JTB時刻表 2021年3月号」JTBパブリッシング発行)
次回に続きます。
今日はこんなところです。