みなさんこんにちは。
「碓氷峠鉄道文化むら」(群馬県安中市)の訪問記です。

「碓氷峠越え」にまつわる展示を見て来たのですが、この「文化むら」が人気を博している展示が、構内の奥にあります。そちらへ向かってみようかと思います。

これはすごい!広大な芝生の向こうに、たくさんの鉄道車両が並んでいます。


夢を見ているようですが…(大げさ)
この「屋外車両展示スペース」には、合計20両もの車両が「静態保存(せいたいほぞん、動かない状態での保存)展示」されています。
その多くが「電気機関車」なのですが、これは国鉄末期に「高崎駅付近」に「電気機関車の博物館」を建設する目的で、全国から集められたものだそうです。
ですので、この「碓氷峠」や「信越本線」には関係のない車両もあるそうですが…

それはさておき、これだけの車両が一堂に会するというのはなかなか見られることでないのは間違いないところです。さっそく拝見して参りたいと思います。
すべての車両を取り上げるのは大変ですので、展示車両の中で気になったものをいくつか、ピックアップしてみたいと思います。

まずは、ここ「碓氷峠越えの主」からです。

「ブドウいろ一色」、ちょっと古めかしい意匠の機関車です。

「EF63形電気機関車」です。
昭和38(1963)年の「碓氷峠新線」開通に合わせて投入された形式で、「横川~軽井沢間専用」の「峠越え機関車」として使用されました。
「新製配置から廃止」まで、いっさい転属することなく同じ「横川機関区」所属でした。

この「ブドウ色」というのは「試作車」のみの塗装で、その後の「量産車」では上のような「ブルー・白塗装」に改められました。

続いてはこちらです。
正面に大きく張り出した「デッキ部分」と、「黄・黒色」の迷彩が特徴の車両ですが…

「EF59形電気機関車」です。
「碓氷峠越えの区間」と同様に、急勾配区間がある「山陽本線」の「瀬野(せの)~八本松(はちほんまつ)間」で使用されていた「補助機関車」です。
説明文にありますが、走行中に連結を開放することも出来たとのことで、まさに「走り技」ですね。
停車して機関車の付け替えをするいとますらもったいなかったということでしょうか。

続いてはこちら。
側面いっぱいの青い塗装と、運転台の大きな二枚窓が印象的です。

精悍な顔つきをしています。

「EF58形電気機関車」です。
昭和30年代に、全国の主要な幹線で「特急列車」を牽引するなど「花形機関車」として活躍し、いまなお人気の高い形式です。

その隣には、「銀一色」の車体が目に彩やかなこの車両。

車体前面、側面には「ビード(波板)加工」が施されています。

「EF30形電気機関車」です。
本州と九州を結ぶ「関門トンネル」区間専用の機関車で、トンネル内に滲出している海水による腐食を防ぐためこのような「ステンレス製」になっています。また、この区間は「直流1500ボルト(本州側)・交流15000ボルト(九州側)」と電圧が異なっているため、どちらの区間でも走行出来るよう「複電流対応」の装備がなされていました。

展示広場の奥には、あまり見かけない車両もありました。


前面の「黒・黄色塗装」(「警戒色」と呼びます)がものものしい印象です。

こちらは「除雪車」でした。
出力の小さい現行のディーゼル機関車に替わって登場したとありますが…

その動力となる、除雪車後方の「DD53形」というこの「ディーゼル機関車」の出力があまりにも大きく、除雪した雪を跳ね飛ばす勢いが強すぎて、沿線の民家や電柱に破損を及ぼしたと記載があります。なんてことに・・・

さて、その後方に連結されていた車両はこちら。長大な壁のようにも見えます。

「クレーン車」だそうです。橋梁の架け替えなどで使用されていたそうですが、普段見ることはまずなさそうな車両です。
と言いますか、このような機能を持つ車両があったのですね。
次回に続きます。
今日はこんなところです。