阪和電気鉄道 昭和初期の面影〜その15「久米田駅」 | 「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」ありのまま生きてこう 自分を磨きながら

「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」ありのまま生きてこう 自分を磨きながら

「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」公開中!趣味の鉄道の話題を中心に、旅行記や生まれ育った東大阪、敬愛するロックシンガーソングライター・松阪晶子さんについてなど綴りたいと思います。

みなさんこんばんは。
三重、岡山両県の「廃線跡」シリーズをお送りしましたが、今日からは「一年あまり
ほったらかしてあった」シリーズを再開したいと思います。
 
舞台は大阪へ戻ります。
昭和初期、大阪と和歌山を高速運転で結んでいた「阪和(はんわ)電気鉄道(現在のJR阪和線)」の面影を探す旅です。
 
「阪和電気鉄道」、また「JR阪和線」についてはこちらを。
Wikipedia「阪和電気鉄道」
 
Wikipedia「JR阪和線」
 
略歴を見て頂くとおわかりかと思いますが、現在は「JR(旧・国鉄)」となっているこの
「阪和線」、もともとは「超高速運転を行っていた私鉄」でした。
 
戦時中に並行する「南海鉄道」への合併を経て、国有化されたのですが、この路線の施設、駅舎などにはおおよそ他の「JR線」とは異なる、昭和初期の「私鉄」らしさが残っています。
 
大阪から和歌山へ、順番はあちこち飛んでいますが前回は「富木(とのき)駅(大阪府高石市)」までやって来ました。
 
今日は、「富木」からさらに南へ、大阪府岸和田市にある「久米田(くめだ)駅」をご紹介したいと思います。
どうぞこのシリーズもおつきあいください。
 
イメージ 1
 
というわけで、梅雨がそぼ降る「久米田駅」に到着。起点の「天王寺」からは「区間快速」で30分弱です。
 
イメージ 2
 
イメージ 3
 
まずはホームを俯瞰。
 
イメージ 5
 
跨線橋は後付けでつくられたもののようで、まだまだ新しい感じです。
この阪和線の各駅でも、エレベーター設置工事など「バリアフリー」が進んでいます。
 
イメージ 4
 
イメージ 6
 
さっそく、遺物を発見!
「阪和線」独特の「架線支持柱」です。
 
イメージ 7
 
塗装はややピンク、そして最大の特徴は、その「先端がすぼまっている」ところです。
阪和電気鉄道時代からの大きな遺産です。
 
かつては阪和線のあちこちで見られましたが、ここ10年ほどで急激に数を減らして
来ました。いや~いきなりの収穫です。
 
次回は改札を出て、駅舎周辺の様子をお届けしたいと思います。
今日はこんなところです。