カリフォルニア日記 -19ページ目

カリフォルニア日記

2015年、学生ビザで渡米。
留学中に現旦那に出会い、遠距離恋愛含め6年の交際を経て結婚。
2023年の秋セメからコミカレ復学!4年制大学編入に向けて、フルタイムで働きながら自分のペースで生活。
日々のこと、学校のこと、ぼやきなどゆるく綴っています。

外国人としてアメリカで生活するのは楽じゃない。ましてや留学生ともなると、法的な規制がたくさんある。働けないとか学費が高いとか、運転免許も毎年更新しなくちゃいけないし、いつどんな形で国からリジェクトされるかもわからない。

 

 

アメリカ人と交際していて、言われること。

 

1)ラッキーだね、永住権とれるじゃん!

2)結婚しないの?/結婚まだ?

 

本人たちはなんとなく言ってるだろうし、悪気もなく聞いてくるんだけど、私はもううんざりしている。留学生の学費は永住権保持者/市民の約10倍。私の学費は毎月の家賃より高い。毎月ギリギリの生活をしている。結婚すれば学費が安くなるのだって、色々としがらみなく生活できるのだって、5年も住んでりゃわかってる。トランプ政権のせいでいつ、永住権がとりづらくなるかわからないのもわかってる。

 

去年一度結婚しかけたんです、でも破棄しましたが今も交際続けてます。なんて、毎回説明するたびに惨めな気分になる。同じく学生ビザで滞在している友達たちが続々アメリカ人と結婚していて、祝福より、うちはまだなのか。。。と落ち込んでしまう。5年も交際しているのに、煮え切らない態度を取り続ける彼にも腹が立ってくる。話し合いをするたびに、心配しなくていい、大丈夫だからとなだめてくるけど、無責任なその場限りの言動と、去年から何も進展しない状況にも苛立ってくる。

 

自分以外の誰かの決定に人生を左右されたくない。自分の人生は自分で切り拓いていくんだ、だからカレッジ進学を決めたのに、今後の人生計画を立て直したのに…周りの言動に一喜一憂、いや、百憂している自分にも嫌気がさしてくる。

 

私が彼と交際しているのは、彼がアメリカ人だからじゃない。彼と結婚したら、生活に多少の自由ができるからじゃない。彼のことを心から愛しているから。結婚なんて、二の次でいいのに、なんでこんなかき乱されるんだろう。

 

結婚なんてあんまり興味のない私と、結婚したらアホ高い学費を払わずに済む、合法で働けて、経済的にも楽になるのに…という気持ち。彼もそこは理解していると言っているけれど、なぜ踏み切れないのかわからない。怒りの矛先が彼に向いてしまって、しばらく顔すらみたくない。

 

ソーシャルメディアみてると、なぜかプロポーズの動画だったり、指輪の広告がバンバンでてきてうんざり。惨めになるだけだから検索なんてしてないのになんで広告がでてくるわけ?はぁ。もううんざり。

 

 

アメリカきてから湯船に浸かる事って全くありませんでした。便器の真横だし、浅いし、、なんとなく気が向かず。
この前ふらっと旅行した先で泊まったホテルの屋内に眺め最高な大きいジャグジーがあり、ほとんどの滞在時間、浸かっていました。笑




 
 やっぱりお風呂大好きです😍




疲れ取れて、体の芯から温まって汗かいて最高な気分!

以来、ほぼ毎日家でもお湯溜めるようになりました❤️うちのバスルームとても狭いしやっぱり真横に便器あるのは何となく嫌ですけど…湯船の心地よさは味わいたい!!音楽かけて、お香焚いて、たまにキャンドルも灯しながら1時間くらいバスタブの中でリラックスするようにしてます🕯

夏休み中ですることが何もないから毎日できてる贅沢な時間🛀

学校始まっても続けられたらいいなー。せめて一日30分。

最近自堕落な生活をしていて、読みかけの本もなかなか進まない…観葉植物の水替えもし忘れて何個か腐らせてしまうほどの怠け者です。。 加えて、日本語だと愛の不時着?という韓流ドラマをゴリ押しされたので見始めたら…テレビに釘付けーーーー😫ますますダラシない生活になっています。

さっきようやく見終わったので、明日からは少しまともな生活をします宣言!!


愛の不時着、どっぷりのめり込んで、キャプテン リー様症候群にかかってます😍韓流ドラマデビュー。笑






気がついたらもう7月も半ばになりました。

 

 

この時期は毎年旅行にでかけていますが、今年は仕方ないですね。近場であまり人がいない場所にちょっとでかけたりする程度で、特別なことはしていません。みんな同じかな。

数日前は、UC Davisまでふらっと小一時間ドライブし、キャンパス内の動物と戯れ、芝生に寝転んできました。今の時期は学生もほとんどいなくて貸切状態。近くのひまわり畑も見に行きました。

 

が…ご覧の通り、みんな萎れ始めていましたよ〜〜〜。一つだけスマイリーフェイスでかわいい照れでもでももう少し早く来ていれば良かった。。。見渡す限り一面ヒマワリがずらぁ〜っと咲いている光景は、例え萎れていても圧巻!きっと日本では見れない!北海道ならみれるかな。くぅ〜っ来年ぜったいリベンジビックリマークビックリマークビックリマーク

 

それにしても広大な場所にいくと、くよくよしていたことがちっぽけに感じて、強くなれる感じがします。広大な土地に加えて清々しく突き抜けるような青い空が、より一層勇気づけてくれます。やっぱりカリフォルニアが好きだわぁ。

 

 

ヒマワリ、実は我が家でも育てているんです爆  笑

うちのはマンモスヒマワリというので、最高3mまで成長するらしい!種まいてからちょうど2ヶ月を経て、ついに私の身長(162㎝)を超えましたビックリマーク葉っぱは私の手より大きい。笑 蕾がまだ出てこないからお花を眺められるようになるまでもうしばらくかかりそうかな。たくさんお花つけてくれるよう愛情たっぷり毎日話しかけてます照れ

 

ヒマワリと同時期に種まきしたジニアは、続々お花を咲かせはじめましたラブラブ

この花弁が何重にもなっているのがたまらなくかわいいおねがいラブラブ

100日間咲き続けることから、日本では百日草と呼ばれているそうです。仏花として販売されていることもありますが、花言葉の一つに“幸福”とありますし、やっぱり見た目が華やかで見ているだけで和むお花おねがいかわいい〜。

 

ヒマワリもジニアも、4階の超強風の中たくましく育ってくれて嬉しい。

 

来年はもっと色んなお花咲かせてうちのパティオを埋め尽くしたい!

 

 

おやすみなさ〜い

遡ること10数年、大学の入試試験を間近に控えていたある日、過剰なストレスからお尻あたりに帯状疱疹ができました。追い打ちをかけるかのように、冷え、疲労、我慢がたたり、初めて膀胱炎を発症。人生をかけた大学受験なのに、身体はボロボロえーん最悪な経験でした。ショボーン

 

以来、疲れが貯まると膀胱炎を発症してしまうようになり、ひどい時は腎盂炎で救急で入院したことも。。普段は外出するのがしんどくなるほど、頻尿にも苦しめられました。アメリカに来てからはストレスが減ったからか、温暖な気候のせいか…頻尿は改善し、5年間でたぶん2回しか膀胱炎になってないませんでした!その2回も大したことなく、病院にかかることなくクランベリージュースだけで改善したんです照れ

 

しかーし先週、なんとなーく膀胱に違和感を覚えたので、いつもどおりクランベリージュースをガブガブ飲んで二日間様子見。でも三日目から排尿痛が始まりましたえーんこれはまずい。と、ターゲットへ行き、友達から勧めてもらった膀胱炎の痛み止めと、殺菌効果の薬を購入。合計$20くらい。

 

 

痛みは緩和されたけれど副作用で吐き気と食欲不振。。。薬が切れてくると痛みがぶり返してくろ所をみるとあまり効いてないのかも。倦怠感も加わってきて、お医者さんに診てもらうことにしました。

マイドクターをまだ見つけていないので、加入している保険会社がカバーする病院を検索してみたけれど、初診で診てくれる病院がなく…Urgent careに予約を入れました。しかし、保険でカバーされても$150くらいかかると言われて腰が引けてしまい、住んでいる市の職員からのアドバイスで、Planned Parenthood というクリニックへ行きました。私の保険はカバーしないけれど、無保険+低所得扱いで診察費と薬代で$90とのことなので診てもらうことに。(日本なら千円くらいですよね。トホホ)

※もし無収入なら無料だそうです!

 

私の保険は彼の会社の福利厚生なので、保険カードにバッチリ会社名が書いてあり、無収入とは言えませんでした。キョロキョロ

 

待ち時間なし、お医者さんの診察含めて約1時間で終了。

 

膀胱炎のことをブログで書こうと思った理由ですが、“アメリカ 膀胱炎”で調べるとこの薬が紹介されていることが多かったのです。だいたいみなさん自力で治している記事が多かったので、“自力で治らず病院へ行ったバージョン”としての記録です。

 

お医者さんいわく、この薬の成分が尿内にあると、細菌検査ができないそうです。だから今回、尿検査の結果が正確ではなく、私の自覚症状で膀胱炎でしょう、と診断、処方箋をもらいました。万が一、発熱があったら腎盂炎の証なので、速攻Urgent careに連絡してください!もし週末で病院が空いていない時に症状が出始めたら市販薬服用していいけど、平日ならすぐ病院に連絡したほうがあっという間に治るわよ〜とアドバイスもらいました。

 

おそらくカリフォルニア州ならPlanned parenthoodが点在するので、自力で治そうとして症状が悪化するより、潔く病院へ行くのが懸命ですね。学生なら無収入扱いにもなるし、$90なら悪くないかも?(アメリカの医療費の高さに感覚が慣れてきている恐怖。)

 

私の住んでいる市では公営のクリニックがあり、普段はそこで健康診断、予防接種、ピルの処方などなどすべて無料のサービスを受けてきました。現在はコロナの影響で、処方箋のリフィル以外のサービスはお休みしているそうです。

 

 

処方された薬まだ一錠しか服用していないのにもう体調が改善してきました〜照れやっぱり膀胱炎にはお医者さんの薬が一番効きますビックリマーク

 

 

6月19日はJuneteenth(ジュンティーンス)別名 Freedom dayと呼ばれる、黒人奴隷が解放された記念日です。

 

アメリカ国外ではほとんど周知されていない日ではありますが、アフリカン・アメリカンにとっては7.4の国の独立記念日よりはるかに大事な日。

市民戦争(1861〜1865年)というのはアメリカの南北戦争。奴隷解放を試みたアメリカ政府が北軍、南軍はアメリカ連合国(7つの州:サウスカロライナ、ミシシッピ、フロリダ、アラバマ、ジョージア、ルイジアナ、テキサス)でした。アメリカ連合国は奴隷制度なくしてビジネスなし、というほど奴隷の労働力に依存していたので、奴隷解放なんてもってのほか。政府が奴隷制度を廃止するなら、我らは独立したい!という南軍の思いで戦争が始まったのです。

 

1863年6月19日、市民戦争の真っ只中、ついにリンカーン大統領が奴隷解放を公式に(無理矢理)宣言し、アメリカ連合国に居住していた黒人奴隷300万人が自由の身となりました。

 

アメリカの歴史についてはこちらからどうぞ⇓

 

ところがどっこい、テキサスにいたアフリカン・アメリカンには肝心なニュースが届いておらず…(さすがアメリカ、テキトーな国民性。)、2年後の1865年、政府軍がテキサスに遠征してきた際に、初めて奴隷解放を知ることとなりました。

 

朗報をきいたアフリカン・アメリカンはお祭り騒ぎです。歌えや騒げや自由の身。以降、毎年6月19日はジューンティーンスを祝う伝統が始まったのです。最初はテキサスのみで祝われていましたが、年々、他の州にも引き継がれ、今ではほとんどの州で祝日にまでなっています。

 

 

今年のジューンティーンスは控えめになるかと思いきや、先日の日曜日は近所の公園でフードトラックやDJブース、BBQやら出店でとても賑わっていました。6月19日当日、近所のレイク周辺ではこれでもかというくらい人が集まりお祭り騒ぎ。この地域で有名なスライドショー(車が道端でスピンを繰り返す見世物)も行われ、音楽かけて踊りまくる黒人たちに紛れてとっても楽しかったです。

 

この日ばかりは警察も温かくお祭り騒ぎを見届け、事件が起きないようセキュリティに徹します。取締なんて皆無です。独立記念日やセントパトリックデーの時もだけど、お祭りの日は色々やりたい放題。アメリカの好きな所の一つですニコニコ

 

ただ皆さんマスクもあまりつけてなかったし、ソーシャルディスタンスは完全無視だったので、コロナの感染者が増えるんじゃないかと心配ではあります。キョロキョロ

 

 

昨日の記事に引き続き、アメリカ歴史後半です。

 

前半はこちらから。⇓ 


 

 

1861年〜1865年まで続いたアメリカ市民戦争というのは、アメリカにとってとても大事な出来事でした。というのも、アメリカ史上初、政府(北)vs市民(南)の軍事的戦いであり、戦いの理由は、およそ300年続いた奴隷解放をかけた戦争、しかも結果的に、奴隷制度廃止が宣言されたからです。ちなみに、南部の市民たちは軍隊を持っていなかったので、一般市民はもちろんですが、黒人奴隷たちも奴隷制度継続をかけて戦わされたという、黒人たちにとってはなんだか腑に落ちないであろう戦争だったに違いありません。予想ですが。

 

前半でも申し上げましたが、市民戦争で政府が勝利を収めたことにより奴隷は解放されたものの、黒人差別は根強く残ることになります。黒人は野蛮で暴力的だというステレオタイプは、奴隷解放のあとから出来上がったと言われるほど、彼らは迫害を受け続けます。

1960年代、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師はのちに暗殺されてしまいますが、それまでの期間、徹底した非暴力で黒人差別撲滅運動を先導しました。彼を先頭にした平和のマーチーに向けて、警察は警察犬を発動させ、警棒でリンチし、消火用のホースで放水しマーチを食い止めました。当時の記憶が強く、今でも犬への恐怖症を抱いている黒人のおじいちゃんおばあちゃんは多く存在します。ブラック・パンサーという黒人差別撲滅グループは、どちらかというと過激に自分たちの平等を訴える集団でした。また、有名なマルコムxはキリスト教からイスラム教に改宗をし、白人への批判を強く表現しました。マルコムさんとキングさんは相対的な行動をしていたので犬猿の仲だと言われていますが、目指すものは同じ同志として実は対話を重ねていたという話しもあります。マルコムさんについてはまた別の記事で書くつもりでいます!

当時の運動は相当な影響力をもたらし、黒人は白人と同じ権利をついに獲得。色差別を違法とし、黒人白人問わず、同じように生活ができるようになったはず、でした。

 

それでも、黒人嫌悪が完全に拭いきれるわけではなく、黒人というだけで良い学校に入りづらいとか、せっかく入れても学校から突然除籍され学歴をつむことができず、結局まともな仕事にも就けないとか、同じ犯罪を犯したのに黒人は死刑で白人は軽い刑で済んだり、冤罪で逮捕された黒人が死刑にされることも数え切れないほどありました。それから住居エリアについても、黒人エリアと白人エリアは分割されており、安定した仕事に就けない(就かせてもらえない)黒人は貧困に苦しむわけです。


60年が経った今、悲しき気かな、状況はさほど変わっていません。

貧富の差は圧倒的に人種でわけられています。政治家の99%は白人、歴代大統領の98%は白人(オバマ前大統領だけですね、白人以外で選ばれた大統領)、弁護士の90%は白人、医者の90%は白人…これはやはり、教育システムの不平等が顕著にあらわれています。教育システムについては別の記事で触れていく予定です。

 

 

最近起きた事件をあげます。

−スピード違反で止められた黒人運転手が警察に銃殺される。(被害者の武器所持なし)

−無違反で止められた黒人運転手が警察に射殺される。(被害者の武器所持なし)※被害者の子どもはバックシートにいて、射殺の瞬間を目撃。

−近所をランニング中に近隣住民に射殺される。(被害者の武器所持なし)

−バードウォッチング中の黒人男性が、リードなしで犬を散歩している女性に、リードをするようお願いしたら警察をよばれる。(被害者の武器所持なし)

−警察官が誤って入ったアパート、その住人だった黒人が“不法侵入者”だと勘違いされて殺害される。(被害者はソファーに座りテレビを観ながらアイスクリームを食べていた)

−偽$20札を使用した疑いで逮捕された黒人は、警察官が8分以上、膝で首を押さえつけられて窒息死。

 

警察官に射殺される市民の数は、白人より黒人の方が圧倒的に多いです。例え射殺された黒人が無実だったとしても、射殺した白人警官は殺人罪に訴えられることはめったにありませんね。せいぜい禁錮数年、良ければ懲戒免職くらうだけ。それから黒人が歩いているだけで警察を呼ばれてしまう事も多発しています。
“黒人は野蛮で暴力的”だから、たとえ銃やナイフを所持していなくても、“危険物”として対応されます。

 

よく、黒人は被害者意識が強いとか、未だに奴隷制度を根に持っているとか言っている人をみかけます。特にアジア人に多いんですよね。そういう方々に考えてほしいことは、先にあげた事件の数々です。もし自分が、いつ、どこで、突然、射殺される確率が他のどの人種よりも高かったら…安心して道を歩けますか?安心して生活できますか?安心して我が子を外につれていけますか?

黒人として産まれると、親から、家族から、“差別を受けるのは当然。相手に恐怖心を与えないように接しなさい”と教育されるのが一般的です。例えエクストラで丁寧に話したとしても、肌の色が濃いだけで相手に恐怖心を与える不甲斐なさ。

 

奴隷制度は廃止されました。でも、黒人差別社会はまだ続いているんです。これが、アメリカの現実。

 

やはり一番の国内の問題であり、私が今後記載していく内容は黒人差別が中心になるので、第二次世界大戦、ベトナム戦争、ヒッピーの誕生など今回は触れませんでした。ご了承ください。

 

以上、アメリカの歴史後半でした。

 

 

ジョージフロイトの死を機に始まったプロテス卜は想像以上に大きくて、何かしら国としての法律が変わるかな、と思いましたが、何も変わらないでしょうね、断言できます。大統領がプロテストを止めさせるために軍隊出動命令を出したときに、彼が今回の出来事含め、BLMとかどうでもいいんだなと確信しました。やっぱり彼は大統領というより、ただの自己中なビジネスマンです。プロテスト如きで軍隊動かすって、さすがミリタリー経験皆無のド素人。軍隊は自分の護衛だと勘違いされていらっしゃる。

 

 

長々とした記事読んで頂きありがとうございましたニコニコ

 

 

ここしばらく、心が重い日々を送っていました。

きっと私以外にも多くの方が、同じような思いをされているのだろうと察しています。

 

アメリカだけでなく、世界中で一番注目されている話題、BLM運動や人種差別、白人至上主義について、アメリカ在住だから見える現実、黒人をパートナーに持つ立場からの見解や経験、書きたいこと、伝えたいことがたくさんあるので、それぞれ分野に分けて今後しばらく連載してこうかなという結論に至りました。

 

まず、第一回目はアメリカの歴史(前半)についてから。

 

 

知る人ぞ知るナポレオンがインドを目指してでた航海中に辿り着いたのが北米大陸でした。北米大陸の“発見”は、当時経済的に不安定だったヨーローッパ諸国にとって朗報。新しい土地で心機一転、一攫千金を目論んだヨーローッパ諸国は我先にといわんばかりに北南米を目指します。北南米には志し高いヨーローッパの白人たちが押し寄せ、その後の人口は爆発的に膨れ上がりました。

 

紆余曲折を経て、イギリスからの移民者は土地にあった耕作業やヨーローッパにはなかった毛皮産業などのノウハウを先住民から教わった恩恵に移民者やイギリスは富を得ます。当初はヨーローッパから10代の少年たちが出稼ぎにきて奴隷のように働かされていましたが、経済の発展はさらなる労働力を必要とするので、黒人奴隷の売買が盛んになりました。

 

さらに欲深くなったイギリス人たちは先住民を迫害、惨殺をします。彼らの土地を奪いながらさらに富を得ていくのです。年々経済力をつけ、次第にアメリカはイギリスからの移民者世代から、アメリカ出身者の世代になりました。彼らは、自分たちはイギリスの文化こそ継承していたものの、精神的に、自分たちはイギリス本土の一部なのかどうか疑問を抱くようになります。一方、イギリス政府はそんな変化を汲み取り、北米在住者に対して法律でプレッシャーをかけたり税金を上げたりし、横柄な態度にでてくるわけです。そんなこんなでアメリカ出身者たちの不満は次第に膨れ上がり、怒りが抑えきれなくなった市民は暴徒化とします。(当時のイギリスとアメリカの関係は、思春期が訪れた母子の関係だと揶揄されています。)

 

意外なことに、当時の北米には軍隊は存在しなかったので、暴動は現在でいう、プロテスト集団と同じような、まとまりのない大群でした。また、13つの州は当時まだ統一されておらず、それぞれ独立して自治をおこなっておりましたが、一致団結してイギリス国家に対し反逆化したのが、独立戦争の始まりでした。凄まじい結束力です。

 

① デラウェア 

② ペンシルバニア 

③ ニュージャージー

④ ジョージア 

⑤ コネチカット

⑥ マサチューセッツ 

⑦ メリーランド

⑧ サウスカロライナ 

⑨ ニューハンプシャー

⑩ バージニア 

⑪ ニューヨーク 

⑫ ノースカロライナ 

⑬ ロードアイランド 

 

イギリスからの独立を勝ち取ったものの、アメリカ合衆国というのがすぐに完成したわけであはありません。先にも上げましたが、13つ州はそれぞれ全く違う習慣、文化が存在しており、それぞれの愛州心が強かったので、これを一つの国としてまとめるのは容易ではありませんでした。しかし、さらなる経済発展、外交や貿易を考慮すると、合衆する事は必要だと当時のお偉いさんたちは考えました。ということで、州毎の権限を尊重する事を条件に、13つの州で1つの国としてまとまろうという決定が、アメリカ合衆国の誕生です。現在でも国家の法律より州の法律の方が権限が強いのはこの時からのお約束なんですね。

 

それから約100年の時をかけて、アメリカ北部では奴隷の数は減り、一方でアメリカ南部は奴隷制度が繁栄します。その証として、南部にいる黒人奴隷の人口は白人人口の約2倍もいました。ご存知の通り、アメリカの政治の中心地はワシントン、アメリカ北部に位置しています。北部精神を持っている政府としては奴隷開放を働きかけたのですが、南部が反抗。これが市民戦争です。

 

その後、奴隷制度は違法化されたものの、黒人は白人と同じ権利は全くなく、投票権すらありませんでした。白人と黒人の住居エリアなどを区分したり、異人種の婚姻は違法であったりと、黒人差別という問題が残りました。黒人は野蛮、暴力的であり、白人はピュアな血統なので、人類の中で最優秀という思考を抱く白人が、残念ながら今でも存在します。

 

後半へ続く。

 

 

 

彼は現在ペスカトリアン(タンパク質は基本魚介からのみ摂取)。私はベジタリアンよりなペスカトリアン。といえど、二人ともたまごは消費するし、彼は牛乳も飲みます。ストイックなペスカトリアンというわけではありません。ニヤリ

 

私は数ヶ月に一度くらいの頻度で無性に鶏、豚、牛の肉が食べたくなりますが、普段はあまり食べたいと思わないから食べないだけです。基本野菜、果物、米と水を摂取している感じ。彼の場合、本来はポークチャップ、ステーキ、フライドチキン、など、ドカーンとした肉の塊を食べる家庭で育ったので、あまり魚、生の野菜、米は食べる週間がありませんでした。全く違う食文化なので、以前は食事はそれぞれ勝手に食べるような生活をしていたんです。

 

けれど、去年の1月から彼が突然ペスカトリアンなる宣言をしました。

健康管理を考えた上での決断だったようです。それからはお互い何か作る時は二人分用意する習慣がつきました。でも彼の場合、最初の数ヶ月は食生活を替えるのに結構苦戦。そりゃそうですよね、今までの食生活をガラッと変えるのって絶対ストレス。一時期白米をやめて玄米だけ食べる生活に挑戦したものの、長くは続けられませんでした。玄米も美味しいんだけど、やっぱり白米が好きおねがい

話しは戻って...彼は徐々に魚中心の食生活に慣れました。たまに鶏肉は食べてるけど、ここまでガラリと違う食生活をするなんて私にはできないキョロキョロ

 

最近は私が食事を作る事が多いのでほぼベジタリアンミールですが、彼は、“魚なしでもちゃんと満足できるんだね〜照れ”と関心していました笑い泣きそんな彼がこの頃ハマって食べているのが、きゅうりの浅漬。笑 

 

私の食生活に慣れてくれるのはとってもありがたいです!

前は生活リズミも食生活も違くて同棲してるのにほぼ会わない生活を送っていたけれど、シェルターインプレイスのおかげで食卓を囲みながら色々話しができるので新鮮音譜やっぱり人と食べる食事は倍美味しく感じるな〜。もぐもぐ

 

 

コロナの影響で2週間閉校になった後、全クラスがオンラインに移行。かといってオンラインで授業があるわけではなく、オンラインでアップロードされた課題を消化していく、という、完全自習型。

 

加えて、2週間分の遅れを取り戻すために課題の量が尋常ではない。専攻の科目はちゃんと学びたいし、自習なのに1コマ$300も払う価値はないと考え、アカウンティングのクラスからはドロップ。今回は特別に、ドロップしたクラス分の授業料返金があったので、大変助かりました。

ただ閉校されていた2週間分の返金がなかった事が腑に落ちないですけど。この他にも、学校の対応にたくさん不満を感じることがありました。さすがアメリカって感じ。問い合わせした事への返信がなかったり、論外な返答だったり。。こういう時にいい学校かどうかわかっちゃいますよね。学校に限った話しでもないけれど。こういう緊急の時、人間性も見えてくるな〜と実感中。

 

 

そんなこんなで、課題に四苦八苦しながらも仕上げたエッセイ(1,000文字程度)は7週間で30本。

こんな短期間でこんなに書いたのも初めてだったけど、読んだ量ははんぱなくて、いったいどれだけの文献を読んだだろうか。

 

リーディング、ライティングには苦手意識を持っていたけれど、今回でだいぶ克服された気がします。

やはり量をこなせばコツが掴めるようになるものですね。

友達に添削をしてもらえた事もあり、全エッセイでAをとれました。

 

 

無事に春セメを乗り越えられて、一安心。

 

ストレスフリー最高おねがい

 

キッチンのアレンジをしたり、クローゼットの片付け、大掃除したり、

ガーデニング始めたり、ドライブしたり、海辺でくつろいだりと、春セメ中できなかった事をして、悠々自適に楽しんでいます〜爆  笑

 

一人で過ごす時間が大好きなので、シェルターインプレイスを理由に毎週末彼の家族と過ごさなくて良いのはとってもラク。

これはこれで続いてほしいけど、どこにも旅行できないのは息苦しい。

特に天気がスカッとしている時は、海に行きたくなる〜。

 

またフロリダ行きたいな〜。