カリフォルニア日記 -13ページ目

カリフォルニア日記

2015年、学生ビザで渡米。
留学中に現旦那に出会い、遠距離恋愛含め6年の交際を経て結婚。
2023年の秋セメからコミカレ復学!4年制大学編入に向けて、フルタイムで働きながら自分のペースで生活。
日々のこと、学校のこと、ぼやきなどゆるく綴っています。

ご存知の方も多い通り、アメリカという国はすべてのことにおいてテキトーであり、曖昧であり、グレーなことが多いです。

 

 

例えば市役所の人、

 

① AとBの書類があればDの証明書を発行できる。という人

 

vs

 

② Aだけあればいいわよ。という人

 

vs

 

③ AとBだけで大丈夫だろうけど、念の為Cの書類も持ってきてね。という人

 

 

 

 

③の人に最初に当たればいいですよ、念を押して余分ば書類をもっていても問題はありません。

でも最初に②の人にあたって、出直して①の人にあたったら、実は③が正解だった。。。なんてことも日常茶飯事。

 

だからイライラさせられることもよくあるんだけど、

最近はいい加減さに慣れてきたからか。。。一発目で手続きが完了したら、ラッキーデレデレ音譜と思えるようになってきた。

 

日本は、日本人は、本当にしっかりきっちりしている。

 

役所の人たちは決まりごとに従って、完璧ともいえる仕事をしてくれる。

この前、日本領事館に婚姻届を出してきたときにそれを痛感した。

 

最初の担当者(恐らく巷では有名な感じの悪い中年女性)の態度は終始悪かったものの、次に担当してくれた中年男性は細かく丁寧に書類チェックをしてくださり、彼の振る舞い一つ一つに感動。もちろん彼の育ちや人間性もあるのでしょうが、素晴らしい対応をして頂いて終始気持ちよくいられました。

 

そうそう、これが日本の役所よね〜照れラブラブ

 

 

 

と、感動できたのはたったの一週間。

 

今では日本の厳密さに苛立っているゲロー

 

 

私の旦那さんと彼のパパは同じ名前。

アメリカではよくあることで、パパがシニアで息子がジュニア(セカンド)をつけて呼び分けている。

 

ここで問題なのが

各機関のオフィシャルな書類で、ジュニアとセカンドどちらもあるのだ。

 

出生証明書:ジュニア

ソーシャルセキュリティ:セカンド

運転免許:ジュニア

パスポート:Li (おそらくセカンド"II"のタイポ)

婚姻証明書:セカンド

 

ということで日本領事館は大混乱の末、裁判所から名前変更の判決書がないと、私達の婚姻届を受理できないというのだ。

 

 

 

 

いやいや待てよ、、、

 

今までジュニアとセカンドの違いでなんの問題もなかったといえば嘘になる。

 

それぞれの書類が違うsuffixを書いているから、なにか大事な書類をだすときはいつも、出生証明書、ソーシャルセキュリティー、運転免許書、パスポート、すべてを持参して、一応担当者に毎回説明をしている。ジュニアもセカンドも同じじゃん、と全く気にしない担当者が9割なんだけど、万が一細かい人にあたった時のために備えている。

 

 

名前が統一されていれば今後は楽よ、と思う方もいらっしゃると思いますが、39年間問題なくややこしい手続きなんてしないで生活してこれた彼にとっては、遠く離れた日本、住んだこともない日本への婚姻届を受理してもらうがために裁判所から判決書をだしてもらって、かつすべての機関に名前変更をしてもらう手続きをしなくてはならないだなんて。。。。。。。時間、労力、お金がかかるので、、、

 

 

はぁ?チーン なんですわ。

 

だって、ジュニアもセカンドも同じ意味なんですよ?

アメリカ国内ではそういう認識だからこそ、別にどっちでもいいんじゃない?的なテキトーさでなんとかなっているときに、日本からの通達でめんどくさいことをしなくてはいけない今の状況。

 

 

 

すげーめんどくせぇ。

言葉悪くてすみませんショック

 

 

 

前に日本旅行したときに何度か、日本のくだらなすぎるルールの細かさを体験してうんざりしてしまった彼。以来、あまり良い印象をもっておらず、アメリカくらいテキトーなほうが楽だといつも言っている。

 

丁寧な対応も、マニュアルにしたがっていて整ったシステムがあるのも素晴らしいですよ。

 

でもこういうイレギュラーな対応ができない、マニュアルに載ってない対応ができない柔軟性のなさっていうのは、私が日本で暮らしていたときに息苦しさを感じていた一つの理由でもあるなと思い出した。

 

 

日本さん、もう少し気楽に生きようよ〜。

 

 

 

さて、彼に日本領事館の言い分をどう説明しようかね。

 

 

ゲロー

 

 

今日は少し意味不明なことを書くかもしれません。

どうぞお付き合いください。笑い泣き

 

 

アメブロでフォローしている方のブログで興味深いことを書いていました。

 

 子供を産んでから思うのは

無償の愛は、親から子へ、ではなく

子から親に向けてのものの方が

よっぽど無償の愛なのではないか?と。

成長して

色々あって

親に対して不信感を抱き

好きじゃなくなったとしても

スタートは絶対「大好き」なんだよな。

どんなことをされても。

子供は親が大好き。

条件なんてないよな、と。”

 

 

このステイトメントにはまったくもって共感。でも、今まで考えもしなかった視点でした。

 

子どもは親を絶対的な存在として生きていて、親から愛されることが必須だと本能的に思っている。

 

親が面倒みてくれないと死にますから、サバイバル能力でしょうか。

いかなる理由でも親が怒っている時やイライラしている時は、“自分”がその原因であると思い込んでしまう傾向があると思う。

 

成長に伴いより多くの大人の模範に出会うにつれ、

こうなりたいという理想、こうはなりたくない反面教師が形成されていく。と同時に、親だからといっていつも正解ではないことも学ぶ。

 

私は長い間、親が完璧な人間であり乗り越えられない存在であると信じ込んでいた。

 

それが崩れた瞬間に裏切られた気分になり、親が嫌いになった。

してもらったことよりも、されたことばかりを思い出すようになっては憎しみが増していった。

 

10年以上、私は親を恨んで生きていた。

 

されたことを書けばきりがない。

されたことを書けば、誰しもが、それはひどい親だと言う。

 

 

我が家は私が13歳の時に家庭崩壊、一家離散をしている。

その影響で私の思春期は暗黒時代。

 

お母さんが笑ってくれないのは私のせいだと、

お父さんとお母さんが嫌い合っているのを修復できないのは私の努力が足りないからだと思いこんでいた。

 

 

最近になってようやく、完璧じゃない親だったことを心で理解できるようになった。

父母なりに、必死に子育てをしてきたんだろうなって。

 

 

 

あんたなんか間違えで産まれてきた、欲しくなかった、あんたを産んでから私の人生が狂った

 

 

繰り返し言われてきた残酷な言葉たち。私のことを十数年苦しめてきた呪いの言葉たち。

 

 

 

されたことばかり思い出してきたので、してもらったことを必死に思い出してみたら、実はたくさんあった。

 

書き出したら、あぁ一生懸命守ろうとしてくれてきたんだなって温かい気持ちになって泣けてしまったので、ここでは割愛。

 

 

 

 

他人を嫌いになってここまで苦しくなることってない。だって別に嫌いになったらそこまでの関係だもん。関わらなければいいだけの話し。

 

私が両親と6年間一切の連絡をとらなかった時期、苦しみは休まず続いたチーン

 

悪いことや犯罪なんかしてこなかったのに、なぜ実の親からこんな傷つけられなきゃいけないのか理解できなかった。

親は無償の愛をもっているはずだと思いこんできたし。

 

親から愛されている感覚がなかったのがつらかった。ドクロ

 

でもさ、お母さんも辛かったんだよね。心の拠り所がなくて、やり場のない怒りをどこにぶつければ良いのかわからなかったんだよね。

私はまだ自分の子どもはいないけれど、今ならお母さんの苦しみや欲求不満を理解できる気がする。

 

 

32歳になってようやく、親へのヘイトという苦しみから開放されて心がとても軽くなりました。ニコニコ

 

 

なので尚更、ブログ主の女性が綴っていた、“無償の愛は子から親へのもの”という言葉に心底納得。

 

 

もちろん、人それぞれ、家庭それぞれ違いますが。

 

 

 

 

あ、単身赴任中の彼を訪れてきました。その話しはまた今度。照れ

 

 

 

新婚だというのに、彼は単身赴任へと旅立ちました。

 

行き先は誰もが羨むトロピカルアイランド、ハワイ。 

 

 

馬車馬の如く働いているらしいが、仕事終わりには毎日ビーチでくつろいだり海で泳いだりしているそうデレデレ

こっちにいる時じゃ考えられないほど充実した毎日みたい音譜環境が変わると生活も変わるよね

 

 

 

今まで遠距離になるときはだいたい私が家を離れていたので、彼が家を長期で空けるのは今回が初めて!

 

自身の手術だの永住権申請手続きだの。。。このタイミングでかーいって思う反面、彼が新しい環境に飛び込んでいくことや、経験値を積んでいることがとても嬉しい。照れ

 

可愛い子には旅をさせよ、とも言いますし。

 

 

彼のすごいところは、見知らぬ場所へいくときには不安よりワクワク感が勝ること。

本人曰く、不安とか恐怖という感情が鈍いらしい。

 

なにかを始めるまでには(凄く)時間がかかっても、一度決めたらイノシシが如く突き進む彼は正真正銘の亥年生まれだ。🐗

 

 

ヘビ女とイノシシ男は相性が最悪らしい

(彼から言わせると私は正真正銘の🐍らしい)

 

 

 

ハワイでの生活は私を彷彿させる食べ物や習慣、人間たちに遭遇するらしい。

そりゃそうよー日系と日本人が多く住むからね〜!

 

加えて、町中も職場も親切な人ばっかりで、ベイエリアの人間が冷たく感じると言っている😂

 

 

担当ドクターへの不信感をいだき、セカンドオピニオンを受けてきました。

 

 

ドクターはとても親身になって話しを聞いてくれて、複数の質問にも的確に答えてくれました。手術の有無、両方の利点欠点もわかりやすく説明してくれたので満足のいくコンサルテーションになりました。照れ

 

ドクターの見解:

 - 手術を受けたことによって将来早産になる可能性はたったの5%。

 - ドクター(年配の女性)のキャリア中に早産を経験した患者さんはいない。

 - 妊娠希望の場合、若干浅く切り取るので、早産の可能性はやや下がる。

 - 年齢的に自己免疫力が高いから、自然治癒する可能性も少しはある。

 - 体を傷つけずに経過観察をするのも全然あり。

 - 切除せず経過観察中に妊娠をした場合、そちらのほうが母子共にリスキー。

 - プレがん細胞を抱えているというのは精神的に辛いと思う。

 - きれいに切除をすれば、妊娠に向け安心してクリーンな体作りができる。

 

 

ということで、手術を受けることになりました。

新しいオフィスなのでまだ患者数が少なく、予約もとりやすいということで2週間後に早速予約が取れたのもありがたい。

 

 

取り繕っている感じではなくナチュラルな態度なドクターには好感をえました。この人なら今後も体の相談をしていけそうだし、きっと私の希望を聞きながらベストな選択ができるよう導いてくれそうだと思えました。チョキ

 

 

初対面にも関わらず私の心をこんなにも軽くしてくれたドクターに感謝です♡

 

 

 

子宮頸がんは自覚症状がゼロだから、定期検診でしか発見ができないそうです。

たとえ長年同じパートナーだけだとしても発症することがある病気。

 

実は大人の女性でもワクチン接種(計3ドース)ができるそうです。私は先週1本目を接種してきました。

 

 

女性のみなさま、3年に一度の定期検診をぜひ受けてください。

保険のない方や留学生/あまり良い保険でない方でもPlanned Parenthoodなら無料で検査をしてくれます。

 

 

もし気が向いたらワクチンも考慮してみてくださいね。ニコニコ

 

 

それでは良い週末をパー

以前の記事で、最短で取れる電話でのアポイントメントが7/29、と書きました。

 

 

 

やっぱり不安や質問が多くあって自分の中にとどめていられなかったので、婦人科の担当医ではなく信頼しているプライマリードクターにメールをしてみました。彼女からは、婦人科専門医ではないから間違った情報を与えたくないので、アポが早めに取れるか交渉してみる、と返事がきました。

 

その翌日に婦人科のドクターから電話がかかってきて、現状と今後の方針の説明をうけました。キョロキョロ

 

婦人科ドクターの言い分:

 - まだガンではない、ガン予備軍。

 - Cis3という進行した状況ではあるが、比較的cis2に近い病状。

 - 子宮頸がんの成長はゆっくりなので、ガンになるまでに5〜10年かかる。

 - その間に自己免疫で治癒することもある。

 - 手術をすると将来妊娠したときに早産になる可能性があがる。

 - よって、経過観察をしたい。

 

 

私の返答:

 - 検査結果をくれたドクターからは、ガンかどうかはまだわからないと言われたのにどうして断言できるのか?

 - cis3である時点でほぼ自然治癒はしない、という記事をいくつか読んだので、混乱している。

 - ガンになる可能性がある細胞を抱えたまま生きるのは不安だ。

 - 手術をしたあと早産になる可能性がどれくらいあがるのか?

 

 

そしたら、

 

“じゃぁ手術する?あなたが手術を望むなら私は構わない。”

 

と即答。

質問に答えるより、早く電話切りたい空気感満載!

不信感がぐーっとあがった。チーン

 

 

事前にもらっていた検査結果から、ある程度想定していた今後の方針と全く違う話しをされて、これ以上なんと言えば良いかわからず、、、、2週間後にまた電話で話しましょう、ということで電話を切りました。

 

1週間ほど旦那さんと話し合いをして、セカンドオピニオンを受けてみようとなったので、うちから近いオフィスの婦人科の先生を紹介してほしいとメールをしたら、

 

“自宅が近いなら今後もそちらに行ってください、情報はトランスファーしときます。” と、端的な返信が。

 

 

やっぱり冷たいな〜。

私に不安や質問に答えもせず、ド素人な私に知恵もくれず、はいさようなら、ですか。滝汗

 

まぁいいんだけど。

もっと良い婦人科の先生がいるはず。

忙しくても、質問に答えようとする姿勢をみせてくれる先生に出会えるはずだ、と前向きに考えています。

 

 

今、永住権申請のために色々と忙しくしていることもあり、以前のような不安からは少し開放されています。チョキ

 

 

※私の説明だとわかりづらくなりそうなので、用語や難しい英単語にはリンクをつけています※

 

 

今年の4月から保険会社がKaiserに変わり、自己負担額 が大幅に下がったのと、検査が一箇所だけで済むことから数年ぶりに健康診断を受けた。(以前の保険では検査の内容ごとに病院が異なり面倒だった)

 

数値はすべて健康!

 

Pap smear と呼ばれる子宮頸がん検診だけがHPV type16/18で陽性反応のため、colposcopyという精密検査を受けることに。

 

検査中の痛みはなかったけれど、終わってから二日間、出血が少々と生理痛のような鈍痛が下腹部にあり、少し歩くと痛みが増す。2〜3日運動も水泳も禁止され、検査から4日目頃から普段の生活に戻ろうとしたときに、検査後に塗られた薬がおりものとして3日間くらい大量に出たので、結局一週間は水泳いけず。

 

検査から10日ほどでラボから検査結果の連絡がきた。

 

しかーし専門用語だらけで全然わからない。笑

今の時代は全部ケータイのアプリですぐ結果が見れるのはすごいと思った。

 

数時間後にドクラーからのメールで、

Dysplasia (cin3)が見つかったので摘出処置、LEEPが必要とのこと。

 

その前に電話で状況説明をしたいらしく、7/29にアポをとった。

え、そんなに待つんですか?と言ったら、それが最短なのよ、と言われる。

 

LEEPを受けるのは生理終了直後が理想らしく、おおよそ月イチの生理にあわせて、そこに病院の空きが重なればベスト、合わなければまた一ヶ月待ち。。。ってこと?

この調子だと実際に処置を受けるのは何ヶ月先になるのかとやや不安になる。

 

cisというのは進行状況のレベルらしい。

cis1,2は、一部のセルがアブノーマル化している状態、でもだいたい自然治癒で治るらしい。

 

3になると、子宮口の表面のセルたちがほとんどアブノーマルになっていて、自然治癒ではほぼ治らないとか。

 

私は3なので、確実に処置が必要だと。

病理検査をしてみないと、実際にガンのなっているのか、ただのアブノーマルセルなのかはわからないんだとか。

だからできるだけ早くLEEPを受けられたらいいなと、今は願っているばかり。

 

なんとなく、

なんとなくだけど、子供のころから、私は一生出産を経験する気がしないなってうっすらと考えていることが多くて、

今回の診断でその予感がもしかしたらあたってしまうのかもしれない、って怖くなっている。

 

 

アメリカの子宮頸がんワクチン率が40%に対し、日本では0.3%なんだとか。

 

約20年前に子宮頸がんワクチンが無料化した頃のことを今でもはっきり覚えている。

どんなものなのか未知な世界だったけれど、保険の授業でもそこまで説明してもらえず、

ワクチンを打った女子たちが後遺症に悩む報道ばかりが流れていた。

 

せっかく無料になったのにも関わらず、子宮頸がんになる確率は1%以下であり、ワクチンのほうが危険であるという見解が世間でできあがってしまい、私も、このワクチンは絶対打ちたくないとまで思っていた。

 

ワクチンを打たなかった後悔、というものはしていないけれど、

事実と報道に差がありすぎることは問題だと思う。

 

 

また私の母は、性教育を全くしてくれなかった人で、何か質問でもしようなら、汚らわしい考えばかりして恥ずかしい、と怒られたことが何度かあった。そういうのも、子供にとっては悪影響である。

幸いにも、9歳上の長女から性教育をうけて、自分の体を大事にすることや避妊の仕方を教わったけれど。だとしても、ワクチンが無料化された時には彼女の世代はすでに性体験をしている方ばかりでワクチン対象外だったので、私自身もきちんとした認識を得られなかった。

 

今回の結果を母に伝えたら、

未婚の女性しか子宮頸がんにはならないようだけど、、、と間違った認識をしている返事がきた。

 

 

 

色々考えすぎてしまうのは私の悪い癖だ。

大量のアブノーマルセルが日々成長しているという不安から、私ってめちゃくちゃ自己中な人間だよな、今まで迷惑かけてきた人全員に謝罪した衝動にかられてしまうほどの自己嫌悪に陥っている。

 

検査結果をきくまでは、

今までボーイフレンドと呼んでいた彼を“ハズバンド”と呼ぶ歯がゆさにウキウキしていたのに、人間の心っていうのは忙しいもんだわ。

 

 

とりあえず今は、

普段どおりの生活を継続するよう心がけるにつきる。

 

 

夏休み中、意外にもやることが多く毎日パタパタしています。

 

“パタパタしている”

と言ったら、それ方言?と聞かれたことがあります。私は生まれも育ちも東京のある大都市ですが、地名のわりに割と下町情緒漂う場所だったので、標準語といえど言い回しの違いを時々指摘されます。といっても、パタパタ以外思い出せません!笑い泣き

 

カリフォルニアのアクセントはどうやらアメリカの標準語と言われているらしいけれど、北カリフォルニア人たちは独特の訛りや表現があり、本人たちはそれに全く気づいていなくて、自分たちは訛りがないと豪語しています。

 

北カリフォルニアの人たちは T の発音が消えることが多いです。

Cat ---> キャッ

Eat --->イーッ

Cute --->キューッ

Sacramento ---> サクラメノ

Santa Clara ---> サンナ クララ 

 

さらに地域を狭めると、私が住んでいるベイエリアでは very とか many の代わりにhella (ヘラ)を使っています。

hella cute 

 

hella hungry 

 

hella funny 

 

hella angry 

 

hella people

 

最初の頃はヘラって可愛いじゃんなんて思っていたのに、多用しすぎると頭悪そうにしか聞こえない!笑

でもたまーに会話中に出てくると、あぁリラックスしてくれているのかななんて思ったり?

 

 

 

まぁやることがあるのは良いとですわ。

 

そんな中、新鮮なイカを頂いたので、久しぶりに塩辛を漬けてみました。

私のは仕上げに日本酒をすこしいれてまろやかさをだします

 

 

やっぱり手作りが一番うまい!

 

塩辛は漬けるけど私はほとんどお酒飲みませんので、知り合いにおすそ分けして、残りは白米のお供にします。

 

 

それではバイバイ

 

渡米して一週間で出会ったいまの彼。

 

もともと6ヶ月の留学予定だった私は、一度帰国して遠距離恋愛を経験しながらも、彼との生活を試す為に仕事を辞めてアメリカへ戻ってきた。

 

文化の違いや言語の壁で衝突することが多かった最初の数年間は、何度も別れを考えたけれど、時間とともに理解を深め、話し合える関係を築いてきて、違いを楽しめるようにもなった。

 

この一年は特に、将来についての話し合いを重ねてきた。カウンセリングも受けてみて、私たちなら今後も大丈夫だって確信に繋がり、同時に、過信しすいぎないよう、驕らないようコミュニケーションを大事にしてチームとして生きていこうと約束し、6月23日、サンフランシスコの市役所で人前式を挙げてきました。

 

 

義家族との問題は山積みだけど。。。

 

私が永住権目的で結婚したわけではないことを証明するには、時間をかけていくしかない。

6年かけてきたけど、苦笑。 At some point, they have to get over it because I'm gonna be around  a while.... lol 

 

彼と私にとって一番の結婚の目的は、人間として次のステージに進み成長し続けて一度きりの人生を楽しむこと。

 

この人とならそれが可能だって思いあえる人と出会えたことが何よりも嬉しい。

 

 

 

私たちは過去の人間や社会構成を“劣っている”、“遅れている”、“イカれている”と判断しがちだ。

 

過去の人間たちからみたら、想像を卓越した世界になっていて、

現代人のことを“イカれている”と思うに違いないと、私はおもっている。

 

 

例えば古代ギリシャやローマ時代。

神々が世界を司っており、人間という生き物は神々のために生きていると考えられていた。

 

個人個人の権利は無く、その部族の一部として生きていた。

 

現在は、宗教の教えを基準に生きている方が世界では大半だけれど、それでも神より、“人間”としての尊厳を一番に考えている。

イスラム過激派は除き、神のお告げや宗教布教の為に領土拡大や大量虐殺をしなくなったのは、人間としてのモラルに反すると考えるようになったからでしょう。

 

価値観の違いから、お互いの時代がお互いの時代のことを“イカれている”と考えるのは無理もない。

 

 

それぞれの時代の人間たちは、

その時代の価値観を元に生きてきた。

 

そして私たちも、現代の価値観の元に生きているのだ。

 

100年前のアメリカは、女性の選挙権がなく、有色人種と白人は生活圏が分けられていた。

 

今の私たちは、

それがキチガイのように感じるし、今は相当進歩したと考える。

 

 

 

100年後の人間たちは今の私達の生活ぶりを見て、仰天することが数多くあるだろう。

 

例えばゴミの量とか、プラスチックの使用度とか。

BLM運動なんてする必要なくなっている社会になるかもしれない。

LGBTQがもっともっと受け入れられている社会になるかもしれない。

 

自然妊娠して病院で出産することが、時代遅れになるかもしれない。

 

 

もしかしたらまた、神々優勢の社会になるかもしれないよな。

 

 

 

これって、一人ひとりの人生においても同じな気がする。

 

10代のときの日記とかみると、こんなことで悩まなくても良かったよなとか、当時はこんなくだらないことで切羽詰まっていたのかなんて思っちゃうけど、当時は真剣だったわけで、、、当時の私と今の私が対談したら、会話にならない気がする。笑

 

当時の価値観と今の価値観、似ている部分も多少はあるものの、ずいぶんと変化したからね。

 

今日は昼間から優雅にマルガリータを飲んだからか、

過去は過去、今と比べる必要はないのかもなという結論にたどり着きましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

オンラインクラスに移行して以来スクリーンタイムが倍増して、30代なのに老眼になった話しを以前書いた。

 

 

 

現在のGPAが3.75。

それをキープもしくは上げる為にはストレートAをとる必要がある。

生まれつきの優等生ではない私。義務教育時代の成績は散々。計算して角度答えるテストとか、計算しないで、実際に分度器を使って図の角度を図っていたほどのアホだった。

 

どちらかというと怠け者で、オンラインクラスというほぼ自習には不向きのタイプ。

なので、全科目でAを取るのに相当な努力を要した。

でもそのおかげで、成長したことがいくつかあったので紹介します。

 

その1: 計画性が高まった。

 

多くの課題を期間内に漏れなく提出するには、時間配分が大切。

取り掛かる前に一度全科目の課題に目を通して内容を把握し、1日分のスケジュールと、一週間分のスケジュールを大まかに書き出しておいた。

休憩時間はきちんと休憩をとるようになり、効率よく勉強に取りかかれたと思う。

 

その2: 生活リズムが整った。

 

スケジュールに身体のトレーニングをする時間を組み込んだことが功を奏し、毎日ヨガと筋トレをする習慣が確立した。

 

その3: 自己管理ができるようになった。

 

以前は、頭ではわかっていてもめんどくさくて色々後回しにしていたけれど、今はめんどくさくてもとりあえず取り組むようになった。そうしないとあとでのシワ寄せが大変なことを学んだ。

 

 

 

以上。

 

中にはこんなの当たり前にできている方も多くいるでしょう。。。

 

自慢ではないけれど、私は本当に流れに身を任せて生きてきたので、目標にむけてコツコツと努力を積み重ねるということをしてこなかったのだ。

 

特に、時間を逆算して準備をする、というようなことが全くできず、

待ち合わせ時間やクラスに遅れることは日常茶飯事だった。(辛うじて仕事には遅刻しない)

 

 

ほとんど自習であるオンラインクラスを通じて、老眼にはなったものの、計画性を持つと規則正しく有意義な生活ができるようになった。

 

自分の成長を誇りに思う!!