☂㉘ 波の音とコーヒー牛乳 | 世の中の色々なことについて思うこと・神吉雄吾のブログ

「貝殻を耳にあててみろよ、波の音が聞こえるぞ」

 

 児童養護施設の中学生の先輩がそう教えてくれて、僕は砂浜で大きな巻貝を拾って耳に当ててみた。ザーザーと、ゴソーゴソーと、確かに波のような音が聞こえる。不思議だった。

 

 小学校1年くらいの僕にとって、中学生の先輩は何でも知っている頼りになる存在だった。サクランボも桑の実も、実の色と食べごろを僕に教えてくれた。

 

 ヒイラギの葉っぱを一枚ちぎって「しょっぱいから舐めて見ろ」という。

舐めてみた。ほんとだ、しょっぱい。「ここは海からすぐだからな、潮風が当たって葉っぱもしょっぱいんだよ」先輩は言っていた。

 

 幼少期を過ごした児童養護施設は海岸のすぐそばにあった。窓を開ければ目の前に広い砂浜を見渡せる。いつでも潮の香りがして、しょっぱい風が吹いていた。

 

 夏になると沢山の海水浴客で賑わい、カラフルなビーチパラソルで一杯になる。そんな賑やかな砂浜を眺めるのも好きだったし、人々が帰ったあとの静けさにみちた砂浜を歩くのも好きだった。食べ捨てられたスイカの皮や、花火のゴミだらけだったけど、宝探しをしているようで楽しかった。

 

 ある日、浜辺で安っぽい銀色のラジオを見つけた。誰かが忘れて行ったのだろう。適当にダイヤルを回すと知らない国の音楽が流れて来た。言葉の意味なんか全然分からないのに、遠くの誰かとつながったような気がして、自分の世界が広がったような大人びた気分にさせてくれる。ラジオは僕の宝物になった。

 

 それから少しあと、例の先輩は親に引き取られて施設を出て行く事になった。見送る僕は寂しかったけど、彼にとっては喜ばしい事なのだ。

 先輩は出て行く日、大事なことを教えると言って、僕に小声で話してくれた。

 

「白黒の牛はほら、俺たちの飲む牛乳を出すだろ?じゃあさ、茶色い牛は何を出すか知っているか?あれはな、コーヒー牛乳を出すんだよ」

 

え!本当に?茶色い牛はコーヒー牛乳を出すの?

 

「ああ、コーヒー牛乳は大人しか飲まないだろ。だから教えてくれないんだよ」

 

 その言葉を僕は、小学校を卒業するくらいまで信じていた。その先輩が僕をだましたのか、本当にそう思っていたのかはわからない。