世の中には、何かを強烈に吸い寄せる人間というものが確実に存在するようです。これは、私が中学生だった頃の、少し不思議な、そして彼の未来の予兆だったかのような、ある休日の記憶です。
その日、私は当てもなく自転車を走らせて暇をつぶしていました。そんな時に偶然出会ったのが、同級生のY君です。
どこか興奮した様子の彼に話を聞くと、なんと、たった今「財布を拾った」のだと言います。
「本当にそんなことあるんだな」と驚く私に、Y君は真面目な顔で「警察に届けるから、付き合って」と言いました。
特に用事もなかった私は、軽い気持ちで彼の自転車の後ろをついていくことにしました。しかし、ここからが長い長いチャリ旅の始まりだったのです。
◇
まず向かった一番近い交番は、鍵が閉まっていました。
「仕方がないから、また今度にしようや」と私が提案しても、Y君は頑として首を振ります。
「いや、今から本署(警察署)に行こう」
当時の警察署は、中学生の行動範囲からは少し外れた国道沿いにありました。トラックが激しく行き交う中、お互い自転車の運転に気をつけながら、汗をかいてようやく到着しました。
ところが、受付窓口はすでにシャッターが下りていたのです。
さすがに、今度こそ諦めるだろう……。そう思った私を、Y君の放った一言が阻みました。
「どうしても、今日届けたいんだ」
彼の瞳には、中学生らしからぬ、ただならぬ執念が宿っていました。困り果てた私は、ふと思いついて提案しました。
「……じゃあ、隣の市の駅前交番なら、あそこは大きいから絶対に開いてるよ」
私のナビゲートで、さらに自転車を漕ぎ、隣の市の駅前交番へ。そこは大きな交番で、おまわりさんがすぐに温かく迎えてくれました。
半年経って持ち主が現れなかった場合の権利が書かれた「預かり書の半券」をY君が受け取った時、ようやく私たちの長い追跡劇は幕を閉じたのです。あたりはすっかり夕方の気配を帯びていました。
◇
「付き合ってもらって悪かったね。うちに寄っていってよ」
帰路の途中、Y君がそう誘ってくれたので、私は彼の自宅へお邪魔しました。
彼の部屋の勉強机の前で何気なく過ごしていると、Y君が「これ、さっきのやつ」と言いながら、引き出しを開けました。
その瞬間、私は自分の目を疑いました。
引き出しの奥から出てきたのは、先ほど交番でもらったものと全く同じ、「拾得物の半券」が4、5枚、綺麗に並んでいたのです。
「……え、これ全部?」
唖然とする私に、Y君は事もなげに言いました。「うん。実はつい先日も財布を拾ったんだよね」
普通の人なら一生に一度あるかないかの経験です。それを短期間のうちにこれだけ集めている時点で、彼はただの親切な奴というだけでなく、常人とは比べものにならないレベルで「お財布を引き寄せる特殊体質」の持ち主でした。
◇
それから数年が経ち、私たちが高校生になった頃の話です。
バイクに乗り始めていたY君は、ある日、路上で偶然警察官から取り締まりを受けたのだそうです。
しかし、その警察官がなんと、彼と同じ高校の出身であることが判明しました。その先輩から「君、警察官になれば?」と言われたとか、言わなかったとか……。そんな嘘のような運命的な出会いをきっかけに、彼は本当に警察の道を選ぶことになります。
のちに彼が「白バイ警官」になったと風の噂で聞いた時、私は心の底から腑に落ちました。中学生の頃、自転車を必死に漕いで「正義」を届けていたあの少年は、高校時代の不思議な縁を経て、いまや本物の白バイを駆り、街の安全を守るプロになったのです。
◇
ちなみに、あの日私たちが自転車で必死に駆けずり回った、2つの交番と警察署。実はそのいずれも、現在はもう当時の場所にはありません。
最初に立ち寄って閉まっていたあの交番は廃止となり、跡形もなく消えてしまいました。あの国道沿いの警察署も、最後に私が案内した駅前の交番も、場所を変えて移転しています。
私たちが汗をかきながら走ったあの日の舞台は、もう地図のどこにも残っていません。
けれど、街の景色がどれだけ変わろうとも、私の提案したルートを信じてひたすらチャリのペダルを漕いでいていたY君は、今もどこかの道路で、引き締まった白バイのシートに跨り、誰かの安心を守り続けているはずです。
そう思うと、あの懐かしい街の跡地を通るたび、今でも少しだけ不思議な縁の連鎖と、誇らしい気持ちが胸に込み上げてくるのです。
みなさんの周りにも、思わず驚いてしまうような不思議な「引き寄せの縁」を持つ方はいらっしゃいますか?



