ドラマのオチには、色んな期待を込めてしまう。
私も「なんじゃそのオチー」と何度かわめいた。
これまで見守り温めた物語の終わりがこれなの〜、とガッカリした。
だけど、これはドラマに限らない。
人とのご縁や、人生の終末。
そこへの、期待、または恐れ。
いつか来る終わりに対しての願いみたいなものを、エンタメのドラマにも背負わせてる。
そして、なんなら、終わらないでほしいという願い。
終わるんなら、最後くらいこんな風じゃないと困るという期待。
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でも、すっかり気づいた。
本来、この世界に、ドラマ自体が存在しないということに。
全て、解釈の寄せ集めをして、始まりと終わりという風に捏造し、思い込んでいるだけ。
"始まりと終わり"というドラマはショボいもの。
本来は、全て"光"であり、ドラマを凌駕している。
ドラマなんて吹き飛ぶ"光"というドラマ。
これが私たちなのだ。
本当は、オチは必要ない。
ただただ、永遠の一瞬一瞬の光の反射がある。
それを味わい謳歌する。
ただ座っていても。
横たわっていても。
仕事中でも。
1人でも。
掃除中でも。
オチが最低のドラマの観覧中でも。
オチのない永遠の光を体験している。