ドラマのオチには、色んな期待を込めてしまう。

私も「なんじゃそのオチー」と何度かわめいた。

これまで見守り温めた物語の終わりがこれなの〜、とガッカリした。

だけど、これはドラマに限らない。

 

人とのご縁や、人生の終末。

 

そこへの、期待、または恐れ。

 

いつか来る終わりに対しての願いみたいなものを、エンタメのドラマにも背負わせてる。

 

そして、なんなら、終わらないでほしいという願い。

 

終わるんなら、最後くらいこんな風じゃないと困るという期待。

 

・・・

・・・

 

でも、すっかり気づいた。

 

本来、この世界に、ドラマ自体が存在しないということに。

 

全て、解釈の寄せ集めをして、始まりと終わりという風に捏造し、思い込んでいるだけ。

 

"始まりと終わり"というドラマはショボいもの。

 

本来は、全て"光"であり、ドラマを凌駕している。

 

ドラマなんて吹き飛ぶ"光"というドラマ。

 

これが私たちなのだ。

 

本当は、オチは必要ない。

 

ただただ、永遠の一瞬一瞬の光の反射がある。

 

それを味わい謳歌する。

 

ただ座っていても。

 

横たわっていても。

 

仕事中でも。

 

1人でも。

 

掃除中でも。

 

オチが最低のドラマの観覧中でも。

 

オチのない永遠の光を体験している。