朝5時。外は小雨。
朝、目が覚めて、想いの外、時間ができたので、“罪と罰”(中)を読み終える。この傑作を、読み始めてから、2ヶ月。いくら、他の多くの本も並列に読んでいると言えど、随分、時間がかかっている。しかし、おいしい料理を楽しむには、十分な時間が必要なのと同様、こういう類は、時間をかけて、じっくりと読むに限る。
途中なので、書評はまだ控えるが、バフチンのドストエフスキー論(ポリフォニー理論とカーニヴァル理論)を知っておくことが、この作品を楽しむには必要である。
良書とは? 私は思う。
良書というのは、10人いれば10人違った風に感じられたり、捉えられたりするものである。また、同じ人が読んでも、若い時と年老いた時に読んで得られるものが違う。そんな本である。10人もいて、みんなが同じ捉え方をするような本はたいした本では決してない。
付け加えるなら、もうひとつ。その本が、もし、良書ならば、読者に与える影響というのは、すぐには現れない。面白かったでは終わらない。その影響は、読者の頭の中で、経験や思考をスパイスに、時とともに熟成するものである。
今回も、自分の中で、“罪と罰”が熟成・発酵するのが今から楽しみである。
追記
人も同様である。魅力的な人というのは、出会った人たちによって、様々な印象を持たれる人である。
また、時間が経って初めて自分の中にその人の言葉や行動の影響を発見できたり、時が経てば経つほど、その人の言葉や行動の影響が自分の中で大きくなるような人、そんな人である。