金融スキャンダルといえば、我が国のバブルとその崩壊後の、腐臭にみちた官僚や金融のエリートたちの行動が思い浮かぶ。不祥事の主役たちの立場や事件の性格を、日米間で比較することは、文化的な意味でもそれなりに興味深いが、ここで注目したいのは、九〇年代末のウォール街において、このスキャンダルにまみれた八〇年代を、金融革新が企業家精神と結合し、今の米国の繁栄をもたらした偉大な十年だという再評価が行われるようになってきたことである。
九三年にロスアンゼルス刑務所を仮出所し、三年間の社会奉仕を済ましたミルケンは、国や大企業が独占していた資本市場での調達を無名の会社にも可能ならしめた英雄として、メディア王マードック、CNNのターナー、オラクルのエリソン、ウォルドーディズニーのアイスナーなど、著名な企業家たちに支えられながら静かに復活しつつあるという。
才能に恵まれた若者を集め、巨額な成功報酬システムと攻撃的な経営戦略で、投資銀行に代表されるウォール街は世界の金融市場で覇権を確立しようとしている。そこには、利益を生み出すために、莫大な報酬という誘因で、個人のもっ創造力や革新性を極端にまで引き出すメカニズムが働いていることは、否定できない事実である。
米国のビジネススクールで経営学修士(MBA)を取得した若者たちの人気就職先ランキング一位はゴールドマンーサックスで、六位モルガンースタンレー、九位JPモルガン、十位メリルリンチと十位中四社までがウォール街の名門投資銀行である(日本経済新聞九九年二月八日)。ちなみに残りはコンサルタントやコンピューター・ソフトなど情報関連企業である。
今やモノよりもカネと情報が力を発揮する時代である。情報化社会では、創造と破壊が絶え間なく繰り返される。卓越した才能や創造力、そして起業家精神の持ち主が生み出した収穫逓増の商品や技術が一気に市場を席巻してしまう。そして金融産業もまた、情報通信技術を駆使した産業である以上、米国型システムを化体した金融機関が優位性を発揮するのは当然ともいえる。ウォール街文化は米国型システムの極端な発現形態であるともいえるだろう。