高齢ライダーの四つ葉マークは、美しい妻には不評でした。「もう、後ろに乗らないからね」と言い放ちます。バイクの運転が怖いからではありません。ヘルメットに四つ葉マークを付けることが恥ずかしいというのです。
学生時分、免許取り立ての頃、スーパーカブに乗っていました。初心者マークを貼るところがなかったので、ヘルメットに貼っていました。その姿が友人たちにウケたので、気を良くしてジャンパーの背中にも貼りました。
当時つきあっていた美しい恋人は、僕の背中の初心者マークが恥ずかしくてたまりませんでした。でも、田舎から出て来たばかりの18歳の娘は、四つ年上の彼氏に嫌とは言えません。恥ずかしい思いを我慢していました。
その年頃にとって、4歳の差はとても大きいです。ただでさえ理屈っぽい彼氏を、「先生みたい」と煙たがっていたのも事実。それを察して不憫に思ったのか、「イヤだね」という言葉を使えるよう勧めたものです。
そんなこんなで、いつのまにか恋人は「イヤだね」としか言わなくなりました。一年後、背中の初心者マークは外しました。ただ、恋人の初心者マークに対する怨念は、澱のように心の奥に溜まったままだったようです。
今回、ヘルメットの四葉マークを見て、妻は「うへっ」と顔をしかめました。50年近く前の恥ずかしい思いが蘇ったというわけです。後ろに乗ってもらえるように、四つ葉マークは取り外しのできるものにしました。
そもそも、バイクの免許は妻が乗りたいといったので教習所へ通ったものです。先月も、タンデムで高速をぶっ飛ばしたばかりです。その日は天気も良くて、後ろ座席の妻も気持ちよく風を切って喜んでいました。
妻の真紅のヘルメットにも、四つ葉マークは似合うと思います。でも、そんなセリフはおくびにも出せません。ご機嫌を損ねることなど、あってはならないことです。今の幸せな主夫生活こそ、長生きの秘訣だからです。