40年ほど前の話です。名古屋の繁華街を歩いていたら、ボディコンの美女が謎の微笑みを浮かべながら近づいてきます。「一本いかが」と顔の前にタバコを差し出します。妖しさに誘われるまま咥えるとライターで火をつけてくれます。
宝石商のカルティエが繰り広げたタバコの宣伝でした。カルティエといえば高級ライターを思い浮かべますが、タバコも販売していたのです。歩きタバコに何の抵抗もない時代だからできた販売促進方法です。
当時は、吸い終わったタバコを地面に捨てるのも当たり前でした。火のついたままのタバコを捨てて、靴で踏んで火を消します。せいぜい、火がついたままにしないことが、マナーとされている程度でした。
待ち合わせ名所の栄噴水前とか名駅壁画前などには、タバコの吸い殻がいっぱい落ちていました。その後、エチケット灰皿と呼ばれる携帯灰皿が出回ります。「灰皿のないところでは吸わないようにしましょう」と叫ばれました。
ミニバスケットボールを始めた頃は、多くのコーチが愛煙家でした。小学校の体育館で行われる大会は、舞台に灰皿が置かれ、みんなでタバコを吸います。紫煙がコートへ流れ、その中を子供たちが走り回るのです。
時は流れ、タバコを吸う人が虐げられるようになります。東京大学田中宏和研究員のチームが、「社会的格差と喫煙率は深く関係がある。全体的な喫煙率は低下しているものの、喫煙率の社会的格差は拡大している」と発表しました。
特に若い世代で喫煙率格差が広がっていることも示されました。企業の採用基準で、非喫煙者を採用したり優遇する動きがあります。特に、若い世代で喫煙率に社会的格差があることも、慎重に議論していかなければいけません。
僕は若い頃、「趣味、禁煙」とうそぶいていました。短いと三日、長いと数年、禁煙を繰り返しました。体がタバコを求める禁断症状は一週間で治ります。その後は「口が寂しい」という精神的な欲求です。今はタバコと無縁ですが、吸ってみたいと思う時はあります。