やはり、浅田次郎さんはおもしろい。上下二巻の大作「黒書院の六兵衛」を読みましmた。江戸城明け渡しの時期に、お城の中で何ヶ月も正座をし続けた人の物語です。物語とはいっても本人はただ座っていて、周りが騒いでいるだけの話です。
ご存知西郷どんと勝海舟さんが、話し合いで江戸城明け渡しを決めました。でも、合点がいかない武士は、上野の山にこもって戦の準備をします。死ぬのが怖い武士は逃げてしまって行方不明です。お城には残務整理の武士がバタバタしているばかり。
そんな中で、御書院番士の的矢六兵衛だけが、いつも通り詰所に座っているのです。御書院番は、戦場で将軍を守り平時では警護をする。今でいうシークレットサービスです。でも、普段は詰所で何もせず正座をするのが仕事です。
他の武士が勤務をほっぽりだして逃げたり戦さ支度をする中で、六兵衛さんだけ平常勤務を続ける訳はいかに。大方の予想は、官軍に対する抵抗か、はたまた逃げた幕府に対する抗議か。どちらにしても、六兵衛さんは正座したまま一言もしゃべりません。
僕が小学生の頃、当時の春日井市市長大野正男さんは近所のおじさんでした。在任中に収賄容疑で逮捕されます。事情を知る母の話では、罠を仕掛けられたとのこと。当時革新市長としてもてはやされましたが、その分だけ敵も多かったようです。
大野さんは一貫して無罪を主張し、牢屋では抗議の意味を込めて一日中正座を崩さなかったそうです。正座をしたからといって、無罪が通るわけではありません。ただ、意志の強さを見せつけます。その後、大野さんは市会議員からやり直した気骨の人です。
空手道部一年の頃、正座で礼をした後「静かに目を開けて騎馬立ちに構え」という号令で稽古が始まります。ある日、その号令が掛かりません。正座をしたまま「何が起きるのか」という恐れが出てきます。足の痺れと共に「何の為に」という疑問が湧きます。でも、もぞもぞ動くと怒られます。
その日は1時間ほど経った頃「静かに目を開けて、これで稽古を終わる。礼!」正座だけの精神鍛錬の日でした。六兵衛さんも大野さんも、正座を続けることで強い意志を訴えます。一日中ごろごろして主夫三昧の僕には耳が痛い話です。