木漏れ日の海 -28ページ目

木漏れ日の海

フィギュアスケートの羽生選手を応援しています。
プログラムの感想を中心に語ります。

今回の発表をめぐって、ファンの皆さんの様々な想いをネット上で見た。

 

本当に、100人いれば100通りの想いがあって、その一つ一つが大切なものだと思った。

 

良い機会なので、自分の想いを再確認してみた。

 

羽生君のファンになったのは、2014年のグランプリファイナルをテレビで見たとき。

その最高のスケートとインタビューの受け答えを見て、一気にファンになった。

 

それからネットで過去の演技やインタビューを見て、ますますファンに。

その時から、自分の中で一番大きい気持ちは、「尊敬」だと思う。

 

当時の羽生君は若干ハタチで、自分のほうがずっと年上なのに、知れば知るほど、その生き方に尊敬の念がわいた。

 

スケートを愛して突き詰めるところ

いつも最高のスケートのために最大の努力をするところ

震災のことを逃げずに受け止め、さらに被災地のためにつくしているところ

スケートを見る人のために、愛情をもって滑っているところ

 

本当にすごいなあ、えらいなあと思いながら見てきた。

 

そして、そんな羽生君を見ながら、自分を叱咤激励してきた。

羽生君があんなに頑張っているのだから、自分も頑張ろうと。

 

私は若いころは、天職と思えるような仕事をしていて、情熱をもって取り組んでいた。

ものをつくる仕事で、良いものをつくって、見た人に喜んでもらいたいと。

 

でも今は、似たような業界ではあるけど、当時のようにまっすぐに自分が良いと思うものに突き進むことはできない。

色々な制約があるなかで、つくっている。

 

そのなかで、できるだけ良いものをつくろうと思っている。

でも、若いころほどの情熱がわいてこないときがある。

忙しさを言い訳に手を抜こうとすることも。

 

そんなとき、羽生君のことを考えると、「手を抜いたらだめだ。最善をつくしたと言えるのか?もっと良いものにするために頑張れるのでは?」という想いがわいてくる。

 

そんな感じで、変な表現だけど「心の師匠」としてきた。

 

今回の発表にあたっては、びっくりした気持ちもあったので、「憧れ」も数パーセントあったみたいだけど、やっぱり「尊敬」成分が自分としては、多くを占めているようだ。

 

もちろん、羽生君のスケートが大好きというのも大きいけど。

 

本当に、皆さん、それぞれの想いと気持ちを持って応援しているのだなと、今回改めて思った。

入籍のツイートを見て、思い浮かんだ言葉。

 

「人生の夢へと飛び立つ」

 

ELLEの表紙にあったコピー。

雑誌で見たときから、良いコピーだなと思っていた。

今の羽生君を象徴しているし、応援してくれているような、そんな気持ちがこもったコピーだなと。

 

そして、入籍の報を聞いた今、まさにしっくりとくる。

新たな夢に向かっていく。

未来がひらけていくような感じがする。

 

もう一つ思い出したのは、昔、尊敬する人が言ってくれた言葉。

 

そのころ、しょっちゅう仕事でご一緒していた方がいた。

その方は、その道のプロフェッショナルで、父親と同い年。

若かった私に様々なことを教えてくれた。

 

当時、人生の岐路に立って、迷っていた私にかけてくれた言葉。

 

「人生は展開していく必要がある」

 

この場合の「展開」は、「次の段階に進めること」という意味。

「ずっと同じところに留まるのではなく、ここだという転機が来たら、飛び込んだらいいのではないか」というアドバイスだった。

 

今、振り返っても、ありがたい言葉だった。

これぞまさに、若い人に贈る言葉だと思う。

 

羽生君の入籍を聞いて、この言葉を、とても久しぶりに思い出した。

今、この決断をした羽生君を応援したい。

 

必要だと思ったときに、必要な決断ができる。

これはとても大切なことだと思う。

 

そして、「いつも応援してくださっている皆様へ」というメッセージに込められた、スケートと、応援している人たちへの真摯な想い。

 

これからも、そのスケートを見せてもらえること、応援できることに感謝を込めて。

昔から読書が好きで、読むのは主にノンフィクションだけど、たまにポツポツと小説を読む。

 

小説を読んでいると、「過酷な運命に立ち向かう魅力的な主人公」がよく出てくる。

物語のなかで主人公は、これでもかというくらい過酷な運命に出会い、その中を生き延びて、物事を成し遂げる。

 

羽生君を知る前は、「物語の主人公は魅力的で驚異的だけど、こんな人、現実にはいないよね。」と思いながら読んでいた。

没頭できるけど、現実味がないというか。

 

それが、羽生君を知ってからは、「この主人公はすごいけど、このすごさ、知っている。なんなら、羽生君のほうがすごいな」と思うことが多々ある。

 

つい最近、「エンダーのゲーム」という古典SFの名作を読んだ。

 

主人公のエンダーは少年だけど、地球に襲来した異星人との次なる闘いに備えて、指揮官を訓練する学校に入れられる。

エンダーは天才的な頭脳をもち、勝負強いが、優しく共感力があり、人に慕われる。

多くの生徒から支持される一方で、一部の生徒からは嫉妬により憎まれる。

そして、学校始まって以来の素質のために、人類を守る戦いの指揮官になるべく厳しい訓練を強いられ、責任感ゆえに苦悩する。

 

プロットだけ見ると、よくある話のようだが、古典SFの名作だけあって、人物描写、社会描写、物語性が素晴らしかった。

 

そして、この話を読みながら、何度か羽生君のことがよぎった。

 

ずば抜けた素質

勝負強さ

共感力

人を引きつける魅力とカリスマ性

周りからの羨望と嫉妬

才能ゆえの孤独

 

これらは、羽生君のスケートを見ながら感じてきたこと。

物語の主人公のように鮮烈な存在なのだと改めて思った。

 

グッチ銀座のギャラリーに行ってきた。

 

ものによっては等身大以上の大きな写真パネルが並ぶ。

 

そこで、羽生君の存在感に圧倒された。

 

ELLEの誌面で見た時も非常に素晴らしい写真だと思ったけど、大きなパネルになってギャラリーに飾られると、被写体としての羽生君の強さがビシビシと伝わってくる感じだった。

 

その表情、そのポーズ、全身から醸し出す気迫が、写真でありながら、ある意味、写真であるからこそ、強烈に迫ってくる。

 

通常だと、ギャラリーに飾られるのは、絵画や美術品である場合が多い。

自分としてもそういったものを見慣れているので、ギャラリーに羽生君という強い存在感を持つ人の写真が飾られるというのは、慣れなくて戸惑う部分もあった。

それは、その美と存在感に圧倒されるという、素晴らしい戸惑いでもあった。

 

1番好きになったのは、6連続ポーズの左端の写真。

鋭い眼光に、厳しい表情。

「研ぎ澄まされた」という言葉がふさわしい1枚。

 

こんな表情をする人を、他に知らない。

闘い抜いてきたアスリートならではの表情なのかもしれない。

 

それにしても、羽生君のこの存在感に対峙したフォトグラファーのTAKAYさんも、すごいと思う。

これらの写真は、表現者とフォトグラファーの真剣勝負のたまものだと思う。

 

人と人が向き合って何かをつくろうとするとき、いやがおうにも、自分と相手の人間力が試される。

それは仕事に対する哲学だったり、人間に対する考え方だったりする。

そういうものから醸し出される気と気がぶつかりあう。

良いものをつくろうとする互いの思いがぶつかりあい、作品が生まれる。

 

そいういう意味でも、こんなに魅力的な羽生君を引き出してくれたTAKAYさんに感謝と敬意を。

素晴らしい写真たちだった。

ある方のブログで、海外ファンの動画が紹介されていた。

 

なんでも、プロ転向を応援するために、30人以上のファンが1年かけて作った動画だという。


その内容が、あたたかった。

みんな、思い思いに、羽生君への気持ちを表現するのだけど、その表現の仕方が多彩だった。

 

ストレートに「羽生君のスケートが好き」と言う人。

羽生君のプログラムのポーズをとる人。

ピアノで「バラード第1番」を弾く人。

フルートで「花は咲く」を演奏する人。

ハープで「春よ、来い」を弾き語りする人。

氷上で「ズザー」をやる人。

陸ジャンプを試みる人。

ユーモアがあったのは、愛犬にフリスビーを投げるときに様々なプログラムの決めポーズを繰り出す人。

 

みんな、自由に表現していて、とてもよかった。

 

プログラムのポーズをとる人が多かったのだけど、「この方は、あのプログラムが好きなのね」と、見ていて楽しかった。

(ちなみに、自分がプログラムのポーズをやるなら「バラ1」で曲調が変わるときの、横にツーと流れるようなポーズかな、と妄想してしまった)

 

「つらいときに羽生君のスケートを見て元気をもらった」というコメントもいくつかあった。

 

動画を見て、こういう人たちに、こんなふうに愛されているのだということがわかって、なんだか無性に嬉しかった。