『RE_PRAY』という、なんとも不思議なタイトル。
ゲームを何度もプレイするという「replay」がもとになりつつ、スペルは「pray」。
すなわち、「繰り返し祈る」という意味になるのだろうか。
そして、公式サイトにあった羽生君の言葉。
「たった一回しかない命、繰り返しできるゲーム、相反している二つの中で、それぞれでしか見つけられない大切なことがたくさんあると思っています。」
とても印象的な言葉だ。
「それぞれでしか見つけられない大切なこと。」
これを自分なりに考えてみた。
私は読書が趣味だけど、本を読むというのは、色々な人の人生を繰り返し追体験しているようなものでもある。
小説では、主人公の体験や人生をなぞる。
そして、ノンフィクションでも実に多くの人生に出会う。
歴史書はもちろん、エッセイや科学的な本でも、色々な人の人生や体験が語られる。
多くの本が、その中身は「誰かの人生の物語」なのだ。
本を読むというのは、ゲームをすることと似ている部分もあるように思う。
おそらく、ゲームというのも、色々な人生の物語を体験する行為なのだろう。
人はなぜ、こんなにも物語を求めるのだろうかと、常々、不思議に思っていた。
なぜ、他者の人生の物語を、いくつもいくつも、繰り返し聞きたがるのだろうと。
そんななかで、今回の羽生君の言葉は、とても示唆に富んでいた。
「たった一回しかない命」。
その中でしか見つけられない大切なことがある。
これは、分かる。
そして、「繰り返しできるゲーム」の中でしか見つけられない大切なこともあると、羽生君はいう。
これが、私にとっては発見だった。
色々な人の人生の物語を聞きたがるというのは、そこでしか見つけられない大切なことがあるからなのだと。
だからこそ、こんなにも物語を求めるのだと。
そして、「相反している二つ」という言葉。
これは、一度しかない人生と、何度もプレイできるゲームを指すのだろう。
一度しかない自分の人生という主観的なものと、何度もプレイできるゲームという多少客観的なもの。
ゲームをしているときは、その世界に入ってキャラクターと同化しているけど、それは自分の人生ではない。
本を読んでいるときも同じで、読んでいるときは主人公の人生を疑似体験するけど、自分の人生ではない。
それでも、「自分の人生ではない体験」を繰り返すことを、人は求めている。
そういった他者の人生の物語、他者の視点でもってものを見ることが必要なのかもしれない。
『RE_PRAY』もまた、受け取る人によって様々な解釈を可能にする、器の大きい「ICE STORY」になるのだろう。